京極堂臨也へ提出




新宿は眩暈坂。永遠と漆喰が続き、眩暈がすることからそう名付けた。坂の両側の油土塀の向こう側は墓場だ。
まだ残暑が残るこの季節、昼間に登るとなるとじんわりと開襟シャツの下に汗をかくが日が沈みだした曇天の元登るとなれば幾分か気が楽になった
平和島静雄が目指すのはこの坂を登ったすぐにある古本屋、京極堂
坂を登りきり、向かって左に見える京極堂の傾いた文字。母屋と繋がった店に今日は用はない。静雄は母屋に足を向けた。
玄関を開けると京極堂の秘書と呼ばれる才女、波江が猫を抱えてスリッパを並べていた

「あら、速かったのね」
「あいつは?」
「書斎にいるわ。直ぐ出掛けるんでしょ?お茶は要らないわね」
「ああ」

波江は横で一つに結んだ髪をなびかせながら部屋の奥へ戻って行った。彼女の腕の中で、猫がにゃあと鳴いた



「いるか京極」

書斎の襖を開けると、そこには死神が立っていた
京極堂―…折原臨也。
濡れ羽色の髪の色男は晴明桔梗を染め抜いた黒い羽織を手に畳の書斎にぼんやりと浮かんでいる
漆黒の着流し。黒足袋に側に置いてある黒下駄。鼻緒と

「やぁシズちゃん」

その眼だけが赤い。

静雄はその臨也の寂しげな赤い瞳の虹彩を見つめ、襖を跨いで書斎の畳を踏んだ

「坂の下に四木さんを待たせてる。早く行くぞ」

静雄は踵を反し書斎から出ようとしたが、生白い手に腕を引かれ座敷に押し倒された
静雄は驚きに目を見開いたが、直ぐに臨也の頭上ら辺をうっすら目を細めて凝視した。嫌なものを見た。静雄は舌打ちをして顔を臨也から背ける。目線は中庭の季節が疾うに過ぎた紫陽花の枝。
臨也はクツクツと笑い、静雄の肩口に顔を埋める

「オイ、やめろ」
「やめるよ。今は」

直ぐに制止の声を上げた静雄に臨也は含みのある声音で静雄の耳元で囁く。静雄はあからさまに眉間に紫波を寄せた

「終わった後のお楽しみだ」

その言葉に釣られ静雄はつい視線を死神に向けてしまった。臨也の記憶の中の乱れる自分を見て、頬を微かに赤らめて顔を背ける
静雄は自分の力を忌み嫌うことは少なくなかったが、特にこういう場面が一番嫌だった
相手の記憶に自分がいる。考えるだけでぞっとするのだ。それが快楽に乱れる様なら尚更。

「…変態」

静雄は薄い色の瞳を伏せ、熱い頬をそのままに中庭の方へまた顔を向けた。臨也はクスクスと笑い、呆気なく静雄の上から退き、着物の袷を直した。
静雄も立ち上がり、赤い頬をごまかすように足早に今度こそ書斎から出ていった。後ろで臨也がまた小さく笑った気がする

玄関に行くとまた猫を抱えた波江が立っていた
臨也は猫の顎下を撫でて笑う。波江はそんな臨也を呆れたように見てから静雄の方に目線をやってほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた

「夕飯は作っておくわ」




灰色の雲が先程より酷くなっている気がする。
臨也は相変わらず手にした黒い羽織をなびかせ下駄で軽快な音を奏でながら静雄の前を歩いていった
そのカランとした音はどんよりとした油土塀に反響し、暗い空に響いている。
坂を下りると、黒いダットサンスポーツの前で四木が白煙を揺らしていた。
二人の存在に気付いたらしく、煙草吸いながら彼は無言のまま二人を見つめる。臨也は静雄を庇うように一歩前へでた。

「お待たせしました。四木さん」

臨也は人当たりの良さそうな笑顔を貼付けて四木に頭を下げる
四木は臨也を横目で見ながらまだ残っている煙草を地面に落として革靴で踏み付けた

「本当に、大丈夫なんですかね?」

他人を威圧するかの如く、低い声で四木は言った
静雄は得に恐怖は感じなかったが、あの臆病な医者もどきは怯えるなと頭の隅でほくそ笑んだ
臨也は赤い目を細めた。誰もがゾッとするような色男なのだ、折原臨也は。
四木は一瞬目を見開き、臨也の細まる赤い瞳を凝視していた。静雄は臨也のその目を細める笑顔の意味を知っていた
怒っているのだ、この男は
この男は…入り組んだ因果が絡むこの事件に対し怒りを感じている。
あの少女が殺されたことに、どうしようもなく、この男は。
あの寂しげな瞳も、彼女の死を悼んでいたからか。



「僕はできることをするまでです。」


ふわりと羽織が翻る
黒は懐から黒い手甲を出して手に嵌め、そして黒い羽織をはためかせて纏った
その姿を四木は眉間に紫波を寄せて睨みつけた

「…あなたは……」

四木の呟いたその言葉の後を静雄は理解した、それに対しこの歪んだ黒い男は小さく笑って、高らかに言い放った



「ご心配なく。僕は本物です。」




























(101125)
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