サイケと津軽


僕らはプログラム
マスターの要望に応えて初めて存在意義を認められる玩具
でも僕のこの感情は確実にプログラムにはなくて、ああ遂にバグったのか、とこれまたプログラムされている思考回路で考える
マスターは無駄な感情を抱いた僕を捨てる気なのだ
だけど捨てるのは僕だけで、きっと僕の思い人だけはマスターから酷い寵愛を受け続けるのであろう
それが僕は悔しくて
ならば捨てられ彼と離れ離れになるくらいならマスターの元から自ら逃れようと思った

「という訳なんだ」
「どういう訳だよさっぱりわからん」

僕は思い人、津軽と一緒に「シズちゃん」の家に転がり込んだ
シズちゃんは驚いたがマスターには絶対に見せることのない笑顔を浮かべて中に入れてくれた
そして経緯を話すとシズちゃんははぁと溜息をついて煙草に火をつける
津軽は窓辺で先程から煙管と口から紫煙を吐き出していた

「だってマスターは僕と津軽が好き同士なのを知ってる」
「いい事じゃねぇか」
「でもマスターにとってはこれはゆゆしきじたい、何だよ」
「お前どんどん臨也に似てくるよな」
「やめてよ、僕あんなに酷い性格してない!」
「………」

シズちゃんは何か言いたそうな顔をして、津軽の方を見た

「お前はどうしたいんだ」

津軽とシズちゃんはそっくりだ
マスターが津軽に執心しているのもそれが理由。
津軽はこちらを見ずに弱い声で「サイケと一緒ならどうだっていい」と呟いた
こんな弱々しい自分の分身みたいな姿をした津軽に驚きを隠せないシズちゃんは煙草を揉み消して津軽を優しく抱きしめた

「マスターは俺が好きなんじゃないんだ。シズちゃんが好きなんだよ。でも、マスターはシズちゃんが俺を好きになる筈ないからって。酷いこといっぱいしたからって。だから俺に、」

そう語尾を荒げて言った津軽を宥めるようにシズちゃんは津軽の背中をぽんぽん叩いた。
その時津軽と目があって、津軽は「サイケと一緒にいたいだけなのに」と涙声で言った
津軽の声は甘くて大好きだ
でも、こんな悲しそうな声は嫌いだ
僕は今すぐにでも津軽を抱きしめたくて、立ち上がる

シズちゃんはすくっと音もなく立って少し出掛けて来ると言って部屋から出て行った







折原臨也は今日何十回目かの溜息をついた
サイケが津軽を連れてどこかへ消えた
いくら情報屋でもプログラムである二人の情報はなにひとつ入ってこない
初めは遊びのつもりだった
否、遊びだったのだ
自分と犬猿の中の静雄にそっくりの人形
性格は置いて見た目は完璧だった。だから、だからこそだ
入れ込んでしまった。
それだけだ
サイケが津軽にありもしない「愛情」を持ってしまったことは知っていた
それは津軽も同様に。
玩具は純粋だった
だから初めて津軽を犯したときに、何とも言い難い征服感が芽生えた。
静雄相手にこうはいかない
臨也がいくら愛そうとしてももう手遅れなのだ
この思いは届かない
ならばいっそ、体だけでも
それは徐々に歪んでいき、後戻りできない所まできてしまっていた
そして対には自分に対して微笑みかける彼によく似た玩具を

気付いたら総ては終わっていた

自分の下で震える体
下半身には散らばった白と赤
そしてか細く聞こえた彼の声
自分の中の触れてはならないところまで蝕んだこの歪な愛は静雄ではなく津軽に矛先を向けた
あの気丈な男の顔を恥辱に歪ませてやりたい
骨張る体を散々に痛め付けてやりたい
赤く染まる耳に、愛を囁きたい
本当に愛したあの男にできないことを、津軽に
そしてそれはサイケにばれ、そこ迄は良かった
サイケが津軽を抱くだなんて考えてもいなかったたらだ
プログラムなんて所詮プラトニックにしか愛し合えない
そう高を括っていた自分の責任だ
自分と静雄と、全く同じ顔で純粋に愛し合う無垢な玩具は臨也の理論を根本的に崩した
違う、俺はシズちゃんとこうなりたいんじゃない。あいつを征服して、俺の元に跪かせたい、それだけ、それだけだというのに!
そして数ヶ月後の今日、サイケと津軽は姿を消した
俺は人間、更には玩具にまで拒絶されるのか。
臨也はおもむろに冷めた紅茶に手を伸ばした。その瞬間玄関から轟音が鳴り響いた
臨也は弾かれたように音のした方を見遣ると掠れた声で名前を呼んだ

「…シズちゃん…」
「あいつら、俺んとこに居るぞ。さっさと引き取れよ」
「はぁ!?…何、わざわざ教えに来てくれたの?」
「それよりお前、俺に言うことあるんじゃねぇのか」
「死んで欲しいっていつも伝えてる筈だけど?」
「あと、あいつらに謝れよ」

は、という形で臨也は本当に驚いた顔をした
静雄はしっかりと臨也を見据えている。
嫌な汗が伝う。まさか

「シズちゃんは全部知ってるの?」
「全部は知らねぇよ。ただお前ならしそうだと思っただけだ」
「また得意の勘か、本当嫌になるよ。これだから俺シズちゃんが」
「嫌いか」

臨也は赤い目を静雄に向ける
静雄は臆することなどなく「そんなに嫌いなのか」と続けた
当たり前じゃない。今まで君を抱いてきたのは嫌がらせだよ。そんな馬鹿みたいな事言うなんて。シズちゃんらしくないじゃない

「津軽はお前が泣いてたって言ってた」
「俺に対して、津軽に対して謝ってたって」
「なぁ、俺はお前より頭働かねぇからわかんねぇんだよ」
「お前は俺を、あいつらをどうしたいんだよ」
「黙れ!!」

臨也は突然語尾を上げて立ち上がる。
それには静雄もびくりと体を揺らした

「そうだよ、津軽をシズちゃん変わりに抱いたよ。何度も何度も!言えばシズちゃんは俺を見てくれた?見てくれないだろう!だって俺は、俺はっ…」

何度も傷つけた
何度も何度も。
それでも愛されたいと思ってしまった。
征服したいだなんて嘘だ。
汚したいなんて嘘だ。
ただ愛し合いたいだけだった
臨也は舌打ちをしてソファーに腰掛け、上がる息を落ち着かせていた
静雄はふと呟いた

「俺はずっと見てた」

お前のこと。

臨也はゆっくりと静雄を見た

「だから、お前が津軽を抱いてるって知って、それなりに傷付いた」


静雄はそこまで言うと俯いた
シズちゃん、そう言って臨也は静雄に近寄り、震える腕をごまかすようにして静雄を抱きしめる

「なに、それ。そんなの知らない」
「うっせぇ」
「ごめん、好きだよ、大好き、ごめん、シズちゃん…」
「泣いてんじゃねぇよ、泣きてぇのはこっちだっつーの」

なぁ津軽
静雄の言葉は臨也の唇に溶けた




























(100903)
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