彼の背中が好きだった
青空の下、太陽の光を浴びながら凛と走る彼の背中が
あの頃の俺の全て
けれど彼にとって走りは全てではなかったのだ
これ程悔しいことはない


「風丸さん、もう走らないんですよね」

久し振りに一緒に下校することになった
部活はなかったが委員会が伸び、帰る頃には外はすっかり夕焼けに染まっていた
玄関で彼に呼び止めれた

「よ」
「…風丸さん」


そして今に至る
校門へ向かう最中、風丸さんの背中に向かって言った
すると風丸さんはグラウンドを眺めて少し、ほんの少し笑った

「宮坂」
「はい」
「少し付き合ってくれないか」

グラウンドに着くと懐かしいなと彼は笑った
学ランを脱いでベンチにバックと一緒に投げ置く
その様子を眺めていると風丸さんはスタスタとトラックへ向かって行った
仕方がなく俺は風丸さんのバックと学ランの横へ腰を下ろす
アキレス腱を伸ばしたり準備運動をしている風丸さんが遠めに見える
深呼吸、しっかりと前を見据え、屈み、クラウチングスタート
位置について、用意
ドン
気付いたら呟いていたスタート合図と同時に彼は走り出す
青空色の髪が夕焼けに染まりキラキラ輝きながらなびく
凛と走るあの日の彼
全く変わっていない
何故だか鼻がツンとして、俺は歪む視界に俯いた

「宮坂」
「…はい」
「泣いてるのか」

いつの間にか走り終え、俺の前に立っていた風丸さんの声が余計涙腺を刺激する
彼は隣にある鞄からフェイスタオルを取り出して、俺に綺麗に畳まれたそれを差し出す

「……」
「今日使ってない奴だからさ、使えよ」
「…大丈夫…です」
「……宮坂」
「………」
「ごめんな」

見上げると風丸さんは困ったように俺を見ていた
嗚呼情けない
じわりじわりと涙腺が緩んで俺はうっかり風丸さんのタオルを掴んでしまった
柔らかい香りのするそれに目を押し付けて俺はしゃくり上げながら泣いた
この歳になって人前で、しかも憧れの先輩の前で泣くなんて
風丸さんは俺が泣き止むまで何も言わず、ただ俺の頭を撫でてくれていた

夕焼けも消え、真っ暗になってしまった頃漸く校門を出た
風丸さんは何も言わなかった
俺も何かを言うつもりはなかった
一歩後ろを歩きながら思う。彼は何故俺の前で走ったのだろう
彼は走りを捨てたのだ
捨てて新たな道を歩んでいるのだ。それなのに何故今更

「俺やっぱりさ、走るのが好きだな」

風丸さんは呟いた
え、と言って俺は驚きで歩みを止める
風丸さんは振り向いて優しく笑って一言「ごめん」と言った
俺はまた無償に悲しくなって

「俺は、風丸さんの走りが好きでした。大好きでした。俺の、全てでした。今でも大好きです。初めは信じられなかった、裏切られた、そう思ったでも、やっぱり風丸さんの走りが俺の希望なんです。もう走ることがないとしても風丸さんの走りが俺の、俺のっ…」

俺の自己満足の言葉に風丸さんは怒りもせず、呆れもせず

「ありがとう」

ただの一言そう言って生白い腕に引き寄せられる
彼の腕の中は、とても温かかった




















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