稲妻

アレスの天秤 風丸と天宮について

※風丸さんの表情が暗い理由を考えた
※夢主以前のIFと違った学校への派遣
※名前はデフォルトの「天宮宙」

 あれから一年だ。雷門イレブンが優勝を果たし、親善試合に惨敗して、そして日本のサッカーのレベルの底上げのために強化委員になって欲しいと懇願されて。不安、動揺はあった。それでも、円堂の顔を見たら悟ったんだ。

―強い奴らとサッカーがしたい

 瞳が強く輝いていた。もしかしたら、自分たちよりも強い選手が現れるかもしれない。代表選手に自分たちではなく、雷門の遺伝子を引き継いだチームの誰かが選ばれるのかもしれない。けれど、そんなことは関係ないと言わんばかりの表情。強い選手が壁のように立ちはだかるなら、今までと変わらず、乗り越えていけばいい。何よりもそういう選手と出逢うことを彼は心待ちにしている。

「全国のサッカー選手と、か」

 隣でポツリとつぶやいた天宮もまた、口角をあげてやる気のようだった。ずっとサッカーを続けていられるのが幸せと笑う天宮。以前はフットボールフロンティアに出場する事すら叶わない、夢のまた夢と思っていたというが、もう違う。

「仲間がいるから、俺は走れる」

 そう笑った顔が思い出される。天宮もまた、最初は驚いていたようだったが、応接室を出た今、表情に陰りはない。

「天宮はもう決めたんだな」
「ああ、だって俺たちは『雷門』のままだ」
「『雷門』のまま?」

 解散するのに雷門のままだなんて、と訝し気に彼を見れば、ニッと笑った。

「そうだよ」
「それは一体どういう」
「風丸は俺との特訓、忘れちゃうの?」
「え?」
「例えば『疾風ダッシュ』の特訓は意見も出し合った。何度も実践して失敗した。でも粘り強く繰り返して、完成させた。離れても、あの時間は俺からは消えない」

 色々な思い出があるのに天宮はあの特訓を取り上げた。彼は懐かしむように笑って、俺を真っすぐに見た。

「お前が繋ぐって信じて走ったから、疾風ダッシュを使った瞬間は見てないんだ」

 そりゃそうだろう。試合中にコート全体を見渡せるのはゴールキーパーだ。

「けど、わかった。『風丸が起こした風だ』って」
「俺が起こした風?」
「背中を押されたみたいに感じた。爽やかで、でも、熱い風が後ろから帝国ゴールに向かって。皆の気迫を連れて来た。『絶対に繋ぐ!』って。対峙した佐久間は強敵だったけど、お前が巻き起こした風と一緒に俺の想いもFWに託した」

 そんなことってあるのだろうか。だが、天宮の表情は真剣そのもので茶化すようなものじゃない。気恥ずかしさに襲われる。そうか、サッカーはチームプレーだけど。

―天宮、お前と一緒に戦っていたんだ

「風丸にもあるんじゃない?俺だけじゃなくてもいっぱい。皆との思い出」
「そうだな。今までもそうだった。試合中に『あの時』って思い出して、自分を鼓舞したこともある」
「そう、だからきっとこれから先も、ずっと一緒」

 不安が解けていくようだった。ずっと一緒だと思えたら、この先の困難も乗り切れると思った。
 そして、自分も限界に挑んでみたくなった。どこまで自分が行けるのか。そして、全国でそれぞれに高め合って再び集った俺達は、一体どんなプレーが出来るのだろうかって。

―ワクワクした

 そう、あの時はそうだった。

 あれから、誰も天宮と連絡が取れなくなった。

 新しい環境に馴染むためにそれぞれが歩き出した。苦労も多いだろうと最初は連絡が返ってこないことも、特には気にも留めなかった。何もサッカーだけ他校でやる訳じゃない。勉強もそうだ。生活環境だってガラッと変わる。特に北海道へ行った染岡は気候の変化にも対応しなきゃいけない。
 だが、一か月、二か月と月日は流れ、三か月経っても、天宮からの返事はない。流石におかしいと思って他のメンバーに聞いたところ、彼らもまた連絡が取れていないのだという。メールが届いていない訳ではない。電話番号が使われていないともアナウンスはない。携帯を使わないようにしているのか。自事情を詳しく知っているだろう親戚の雷門は海外に行ってしまっている。

「大丈夫、だよな」

 そう口には出したものの、自分の言葉が全く信じられずにいる。天宮がサッカーが好きで人一倍努力する奴なのはわかっている。けれど、だからこそ安心できない。無理していなければいいのだが。

 そんな時だった。大きな駅で買い物をしようと出かけた休日。人ごみの中に懐かしい深い青を見つけた気がしたのだ。人の波に逆らう様にして走る。申し訳なさよりも、必死さが勝っていた。

「天宮!」

 呼びかけても彼は歩みを止めない。それどころか人をすいすいと交わしてどんどん先へと行ってしまう。

―振り向いてくれるだけでも良い

 ただ、それだけでも構わないとすら思った。言葉が交わせなくても、元気にしているか判れば救われるのに。

「宙くん、呼ばれてるよ」
「ん?」

 再会は急に訪れた。後ろに控えている背の高い男は無言のまま。赤みの強いピンクの髪の男―確か王帝月ノ宮の『戦術の皇帝』野坂悠馬―が俺を指さす。すると、求めていた人物がこちらを見た。

「……、」

 姿かたちは天宮本人だ。だが、強烈な違和感。俺を見つめているはずのその瞳はピントが合っていない様に思える。

「『蒼き疾風』風丸一郎太?」

 野坂の言葉にこくりと頷いて、こちらを再び見る。あんなに表情が豊かだった天宮がにこりとも笑わない。

「ああ、元チームメイトの」
「『今』もチームメイトだ」

 納得したような野坂の言葉が気に障った。確かに彼は天宮の新しいチームメイトなのだろう。けれど、俺達の過ごした時間も、その時の感情も何も知らない癖に。

「帝国ではどんな練習を?」
「それは色々だが、そんなことより、天宮。お前は大丈夫だったのか。全然連絡が取れなくて」
「そんなこと?」
「天宮?」
「私達は日本のサッカーのレベルを引き上げるために派遣された。一番の目的をそんなこととはどうかしてる」

 なんて冷え切った声。そう感じた。天宮なのに天宮じゃないみたいだ。無駄を徹底的に排除して、残ったものをかき集めて、何とか天宮という形を保っている印象。

「だけど、」
「けど、そうだな」

 ちらりと、隣の野坂を天宮は見た。そして、小さく笑った。

「ウチは実に無駄がない」
「え?」
「特訓だとかで時間を浪費しない。効率が良い。だから、強い」

―だからきっとこれから先も、ずっと一緒

 これまでの特訓を、時間を忘れないと、雷門のままだとキラキラした笑顔で告げた天宮はもうここには『居ない』。

「風丸もどう?」
「なに、が」
「アレス、アレスはイイよ」



「お、お前は…!?逮捕されたんじゃなかったのか」

 神様が本当に居るのだとしたら、残酷なものだと思う。あの日、心を砕かれた俺に待っていたのは更なる試練だった。
 帝国の監督は不在のまま。このままでは帝国学園はフットボールフロンティアに出場できない。そして、やっと紹介された男は―

「ほう、風丸一郎太か。強化委員として、働いてもらわねばならない」

 影山零治。帝国学園の前総帥であり、監督。40年の無敗の歴史を象徴する存在、サッカー界を混乱に陥れた人。円堂の祖父、大介さんも彼によって殺された可能性があるという。

「誰がお前なんかに!そもそも!帝国の奴らがお前なんかに従う訳が!」
「そうもいかん。今のままでは帝国は生き残れない」

 何もこんな男に従う必要はない。そして、帝国イレブンだって、拒絶するはずだ。そう、当たり前の考えをはじき出して、怯えることはないと自分を奮い立たせた。目の前の男と自分ではどちらが正しい?

「何を言われようとも、俺は「アレス」」
「は?」
「『アレスの天秤』はご存知かな」
「そ、れは……どういう」

―アレス、アレスはイイよ

 天宮が口にしたその単語。何故、影山の口から出てくるのだろう。言葉に詰まり、彼を見る。サングラスで隠れた瞳からは何も伝わってこない。だが、彼は口角を吊り上げた。

「ご存知ないかね?『教育プログラム アレスの天秤』を」

 別人のようになってしまった天宮。それにアレスの天秤が関わっている?そうだとしても、俺はそれが何かを知らない。

「これからの世界を変える、とされている。さて、」

 影山はソファにゆったりと腰かけたまま。微動だにしない。対して俺は震える手を握りしめて落ち着こうと必死になっていた。

「もう一度問おう。強化委員として働いてくれるな?」
「……、」
「答えろ、私に従うのか、否か」

 俺は今、サッカー界で何が起ころうとしているのかも、それに天宮が巻き込まれたかもしれないということも何もわからない。もしかしたら、気付いていないだけで雷門イレブンはとうに何かの陰謀の歯車に組み込まれてしまっているのかもしれない。
 何もわからない。ただ、このままでは天宮や円堂がきらきらと笑顔で語った未来は来ないかもしれない。そんな予感、不安が濃くなっていく。

「……従います」

 何も知らないままでは対抗しようもない。だから、もう選択肢はない。知っているだろう影山につく。そして、知らなければならない。何が起きているのか。俺に何が出来るのか。

―たとえもう、手遅れだったとしても


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