―――ここは、街の外れにある普通の公立高校。

私服で徒歩圏内ということもあり、僕、朝比奈雪はなんとか学校に通ってます。

「――よぉヒナ。昼飯どうする?」
「ユウキくん。……ごめんね、持ってくるの忘れちゃって」
「またぁ?お前うっかりも度が過ぎるとただのバカだぞ」
「ふふ、そうだね」

同じクラスで、仲の良いユウキくんが呆れたように笑ったのを見て、俺は苦笑した。

僕は貧乏で、朝の新聞配達と夕方のコンビニのバイトで生計を立てている。

高校はバイト禁止だから、あくまでこっそりなんだけど。

給料日前はついつい生活が厳しくなってしまって、お昼を抜くこともしょっちゅうだ。

せっかくクラスの人気者であるユウキくんが鈍臭い僕を誘ってくれても、僕は泣く泣く断るしかない。

『――2年B組朝比奈雪、今すぐ進路指導室まで来なさい。繰り返します――』

そんなことを考えていると、校内放送で呼び出されて僕は顔を上げた。

「げ、またタツミじゃねぇか。ヒナ何したんだよ」
「何も…あっ、今日課題出すの忘れてた」

うっかり、と言うように顔を上げれば、ユウキくんが深いため息をついた。

「じゃ、僕行ってくるね。明日は僕から誘うから、一緒に食べよう?」
「あー、わかったからさっさと行けよ。タツミ怒らすと面倒だぞ」
「うん」

僕はユウキくんと別れて、進路指導室へと走る。

さっき、僕は嘘を一つついてしまった。

僕は忘れ物なんて、していない。

辰巳先生の教える数学を、僕がすっぽかす訳ないのだ。

あれは、僕たちの約束。

不自然さを感じさせないように、会いに行くための―――

「―――よ、雪。早かったな」
「冬慈さん………」

進路指導室に鍵をかけて、二人っきりになったところで僕は迷わず抱き着いた。

学校の中、先生と生徒の関係。

進学すら諦めていたから、勉強できて幸せだけど。

――生徒じゃなければ、もっと冬慈さんと隠れずにいられるのにな。

そう思わずにはいられないくらい、彼が大好きだった。

「今朝は雨だったが、新聞配達大丈夫だったか?」
「はい。レインコートも嫌いじゃないんで」
「そうか。…弁当二人分持ってきたんだ。話し相手になってくれ」
「そんな……呼ばれればいつでも来ますのに」
「一応教師だからな。贔屓はいけない」
「もう」

おかしくてクスクス笑うと、僕は冬慈さんの膝から降りて近くのパイプ椅子に腰掛ける。

冬慈さんは結構料理をするらしくて、黒のシンプルなお弁当箱の中にはたくさんの家庭的な料理が詰められていた。

僕は綺麗に巻かれた卵焼きを食べると、ホッと息をつく。

「おいしいです…」
「給料日前だからって成長期に我慢はいけないさ。もっと頼ってくれていいのに」
「これ以上ない位甘えさせて貰ってます。今度僕からもお弁当作りますね」
「そうか…楽しみにしてる」

冬慈さんといると、たくさんエネルギーをもらえる。頑張ろうって思える。

それって、僕にとってとても嬉しいことなんだ。

「そういえば、ヤナギはどうだ?」
「ヤナギ先生は……相変わらず冷たいです」

ヤナギ先生は、生活指導の先生で、僕がバイトしているのを快く思っていない。

生計に大事なのだと話しても僕がバイトを辞めるよう仕向けてくるし、彼の世界史の授業は指されてばかりだ。

「………おかげで世界史の成績は落ちませんけど…この前なんて、『出世払いで養ってやるからうちに来い』って言われました」
「ぶっ」

僕の言葉に動揺したようで、冬慈さんが吹き出した。

慌ててお茶を差し出しながら背中をさすると『ありがとう』と笑われる。

「……いや、取り乱した。まさか、ヤナギのとこに行くつもりか?」
「それこそまさかですよ。丁寧にお断りしました」
「だよなぁ…………」

あからさまに安心した様子の冬慈さんに、僕はおかしくって笑ってしまった。

「大丈夫ですよ。僕は冬慈さん一筋ですから」
「気持ちは疑ってないんだが…俺も同居を断られてるから、まさかと思っただけだ」
「もう。―――きちんと就職して、冬慈さんと対等になれるまでは、自分の力で頑張りたいんです」

僕はそういうと、冬慈さんの頬にキスをした。

「……だから、それまで見守っててくださいね」

そういってにっこり笑えば、冬慈さんが甘い顔になって頷く。

「……もちろんだ。心変わりしたら泣くからな?」
「もう。……それは僕の台詞です」

自分から冬慈さんの膝に乗り、ねだるように彼の首に腕を回す。

僕の意志を察してくれた冬慈さんが、小さく微笑みながら顔を寄せてきて、僕は甘えるように目を閉じた。


―――お昼休みのキスは、ちょっとお茶の苦みが残る、幸せの味だった。




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