君はしらない
※ヒナドリスピンオフ。シンジ視点




『―――将来の夢は、産婦人科医になることです!』

―――かつて、そう言って年下の同級生は眩しいくらいに綺麗な笑顔で笑った。

「―――えぇ!?ユウキさん年下なんですか!?」

―――いつものバーで、いつものようにカウンターで飲んでいると、カウンターの奥からそばかすの驚いたような声が聞こえた。

「俺はオマエの方が年上だったことに驚きだっての。その顔で22歳とか詐欺じゃね?」
「うぐ……っ」

童顔の自覚があるのだろう、そばかすが困ったように口をつぐんだのが分かって小さく笑った。程なくしてカクテルを用意してもどってきたユウキとそばかすに、俺はぼそりと呟く。

「こっちまで聞こえてきてたぞ。他の客にもちったぁ気を使え」
「う……すみません」
「盗み聞きとか趣味悪いよね」
「勝手に聞こえて来たって言ってるだろうが」

反省したようにぺこりと頭を下げるそばかすと、全く悪びれていない様子のユウキ。全く正反対の二人だが、なんだかんだで友情をはぐくんでいるらしい。

「ヒナー、付け合わせ頂戴。フライドポテトまだ残ってるでしょ?」
「はいっ」

――――いや、女王と下僕か……。

ユウキに顎で使われるそばかすを見ながら呆れたようなため息が出る。

「っていうか、いいのかよ。もうすぐ前期試験だろうが」

酒の入ったグラスを持って、ユウキが隣のスツールに腰掛けながら問いかけてくる。

「いいんだよ。ヤマのU解剖は9月だし」
「調子乗ってると落とすぞ」
「おとさねーよぬかりねえし」
「……あの、本当に仲良しなんですね?」

大学関係はこの店ではあまり公にできないので、ユウキとぼそぼそ喋っているとそばかすがそういいながら笑ってきた。あまりの純粋さにちょっと眩しかったのは秘密である。

ユウキはそれを聞くと、付け合わせのフライドポテトをかじりながら、『ヒナにはいいだろ?』目で尋ねてきた。

俺が一つ目を閉じて同意すると、ユウキは何でもないように口を開く。

「あぁ、ヒナだから言うと、俺とコイツ同級生だったんだわ。俺は今休学してるけど」
「医学部で、俺は一浪したけどこいつは現役なんだよ」
「え……ええええええええ!!!!」

一瞬どういうことか理解できなかったようだが、じわじわと理解して来たのかそばかすの表情がみるみる驚きに変わり、そうしてさっきよりも大きな絶叫が起こる。

今日のそばかすは驚いてばかりだな、とのんきに考えながら、過去に思いをはせた……。





―――小松結城(こまつゆうき)と出会ったのは、3年前の入学式だ。

出席番号の関係で実習でも同じグループにされることが多く、気が付いたら一緒に行動するようになっていた。

現役生の方が少なく、何年も浪人して入学してくる学生も少なくないのに、結城は良くも悪くも物おじせず、堂々としていたのが印象的だった。

その若さゆえとも言える裏表のない無鉄砲さは寛大な年上に温かく迎えられ、クラスの中でも結城は人気者だった。

俺はと言えば、漠然と医学部に行きたいと考えていたものの、思ったように点数が伸びず一浪して、家族にゲイであることも打ち明けられないままこの私立大学に入った。

どうやって打ち明ければ家族に嫌われないか、そればかりを考えて、考えすぎて、6年後のことなんて考えられるはずもなく。

先の事は分からないながらも『とりあえず医者になりたい』ぐらいの気持ちでしかなかった。

だから、結城が自己紹介で言った一言が鮮烈に印象に残っている。

『―――俺は、将来産婦人科医になりたくてこの大学に入学してきました!理由は、最近母さんが再婚して、可愛い妹と弟がたくさんできて、最近妹も産まれて、毎日が幸せだからです。こんな幸せをいろんな人に知って欲しいし、それをサポートできる産婦人科医になりたいです』

小学生の作文のような、拙い言葉。だが、それが逆に新鮮だった。たかだか18歳のくせに、『子供が生まれて幸せ』なんて妙に所帯じみたことを言うもんだとおかしくなった。

小論文を書くために言葉をこねまわして、必死で文章を考えていた自分があほらしくなるほど、結城の言葉は実直だった。

実習でNICU(小児用のICU)にお邪魔させてもらった時も、母親の手を握る小さな掌に感動してボロボロ泣いていた。

そのくせ『泣いてねえよ!』と見栄を張る結城が可愛くて、クラスのみんなで結城を慰めたものだ。それくらい、結城は愛されていた。

愛されていたが、後期から結城はいなくなった。

学校側に問い合わせても『家庭の事情』といわれて、それ以上は教えてもらえなかった。

かろうじて休学になっており、大学に席は残っているようだったが、クラスの皆で結城のことを心配したモノだ。

だが、時が経てば医学科の勉強量の多さに圧倒され。自分のことで手一杯になり、結城の事は話題にのぼらなくなっていた。

だから、驚いたのだ。

気分転換にと入ったゲイバーで、結城を見かけたときは。

以前のように馬鹿笑いをする訳でもなく、ちょっと意地悪な笑い方になったかもしれない。表情と同じだけ、言葉も少し意地悪になった。

素直に自分の感情を出さなくなった、というのが正しいのかもしれないが、前よりもずっとあまのじゃくになった結城は、客を掌で転がすような処世術まで習得していた。

茫然と入口に立っていた俺に結城も気がついたようで、その日近くの公園で会うことになった。


そうして、はぐらかそうとする結城になんとか今までどうしていたのかを喋らせた。

父親の会社が倒産したこと。それと当時に、今までの無理がたたって父親に病が発覚し、現在闘病中であること。

手術をすることである程度は回復するらしいが、年齢のこともあり以前のように働くことは困難であり、その結果学費が払えなくなったこと。

「―――まだ下も小さいし、これからもっと金がかかるようになる。大学やめて就職しようとしたけど、それは両親に全力で止められてさ。稼げる仕事を探してるうちにここの店長に拾われてさ。もともとバイだったし、最近じゃ天職かなって思ってる」

ニヤリと意地悪く笑いながらそんなことを言う結城に、泣きたくなったのは俺の方だった。だけど、結城はそんな俺の表情を見て、さらに続ける。

「同情なんかすんなよ。俺は、後悔してないんだ」

そう強くいうと、俺の前に立ち、自分の胸を指さしながら言った。

「吐くほど勉強して医学部に入ったけど、そんな苦労より、下の奴らが可愛いんだよ。下の奴らが幸せに暮らせるほうがずっと大事だし、親が反対しようが俺は下の奴らを幸せにしたい。それは俺の中で、息をするみたいに自然なことで、『地球が丸い』みたいに当然なことなんだよ」
「――――――っ!」

結城にそう言われ、俺は視界が開けていくようだった。

自分の気持ちに従うのが当然だと、当たり前のことなんだとなんのてらいもなく言う結城に、今まで悩んでいた自分がばからしくなった。

ゲイであることを『どうやって受け入れてもらうか』―――それは俺の中で『どこまで我慢すれば受け入れてもらえるか』と同じだった。

でも、それは違うのだと結城は言う。我慢をせずに、自分を貫きながらも『みんなの幸せ』を願っている。

俺だって、家族が好きで。幸せを願っていて。家族が好きだから、悩んでいたのに。

―――そういう素直な気持ちを、考えすぎるあまり俺は見失っていたのだ。

「―――変わらねえな、ほんと」
「はぁ?んなわけねえだろ大人っぽくなっただろうが」

不服そうに言う結城に、俺はおかしくなって笑ってしまった。

―――結城は、結城だ。変わったけど、根っこは何も変わっていない。

いつも実直で、俺の心に根を生やす言葉を平然と吐き、悩みごと攫っていってしまう。

俺が笑って話をしても無駄だと思ったのか、結城は呆れたように小さくため息をつくと明後日の方向を向いて続けた。

「……て、言っても簡単じゃないけどね。やっとまとまった資金ができて、父さんの手術の日程決まったぐらいだし」
「……じゃあ、しばらくは戻ってこれないのか」
「ま、そういうこと。万が一留年なんかしやがったら、『俺にその学費よこせえええええ!』って呪ってやるから、ってクラスの奴らに言っといて」

―――そう言って、ユウキは入学式のときと同じように、冗談交じりに笑って見せたのだった。



「―――しかし、オマエも飽きないよな。俺、しばらくここから動く気ないんだから見張りに来なくてもいいのに」

―――時は過ぎ、そばかすも彼氏に呼ばれていってしまった頃。すっかり酔っ払ったユウキが呆れたように呟いた。

俺は結城のあの時より明るく染められた金髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながらぶっきらぼうに言う。

「オマエの言葉は信用できないからな。ポリクリ始まるまでは通わせてもらう」
「あと2年もあるじゃねえか」

しつけぇやつ、なんて呆れたように笑うユウキに、俺も小さく笑った。

―――結城、オマエは知らないんだろう。

俺が『ただオマエの様子を見るため』だけにここに通っている訳ではないことを。

元気に笑う姿を、今も昔も愛しいと思っていることを。



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There are many kinds of love in your heart.

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