前を向いて ※慶太×飛鳥のパロディ 付き合っている設定 ―――俺と慶太が付き合い始めて4年が経った。 俺の方が一つ年上だが休学していた期間があり、俺たちは同時に大学を卒業できることができた。 俺は駅前の会社で経理関係の仕事を行っている。一方慶太はあのコスメの一件が大きく反響を呼び正式にモデルになって活動している。 最近では海外のコレクションにも声がかかっているらしく、事務所をあげてバックアップする期待の新生として活躍中だ。 そんな俺たちは、大学を卒業すると同時に一緒に暮らし始めた。慶太の仕事が不規則なこともあってあまり会えなくなるのが寂しいと思っていただけに、慶太の申し出が本当に嬉しかったものだ。 そうして始まった二人暮らしも、少し慣れてくるとまたすれ違い始めて。 慶太の仕事は、夜に行われることもある。一方俺は平日の昼間に仕事に行き、滅多に休みが被ることがない。 家事はほとんど俺がしているが、撮影に時間がかかって遅く帰ってくる慶太を待っている間に寝てしまい、全く会話をしない日も増えてきた。 「ただいまー……」 今日も慶太が撮影で遅くなる日だったので、俺の声も自然と小さくなってしまう。 『おかえりなさい』の声が聞こえないと思うだけで、こんなに寂しいものだとは思わなかった。 俺はリビングに行くと、撮影をしているであろう慶太のことを思う。 ―――今日は柊君と一緒だったよね… 相変わらず柊君との仲は良くなかったけど、柊君とも仕事が一緒になることも多く、ナオ君もカメラマンとして独り立ちを始めている。 そうしてつながりのあるみんなを見ていると、1人違う道を歩んでしまったことが少し寂しい。 モデルはもうしない、と決めているのにそういうことを言うのはずるいって分かっている。 それでも、1人でテレビ番組をみているときとか、クッションを抱きしめて眠っているときとか。 1人世界に取り残されたような静寂が、もう慶太がかえってこないんじゃないかとか不安を掻き立てるのだ。 「慶太、早く帰ってきて」 ご飯も、もう朝のうちから用意してしまった。お風呂掃除もしたし、部屋も綺麗にした。 することが何もなくなると、あの温もりが恋しくなってしまうのだ。 前は一緒に住めるってだけで嬉しかったのに。 いつからかそれが当たり前になって。もっとそれ以上を求める自分になってしまった。 それだけ慶太が好きで、でも裏を返せば依存してて。 慶太がいろんなところで活躍してくれるのが嬉しい。応援しているし、どんな慶太もかっこいい。 そう、嬉しいのに。 早く抱きしめて欲しい。昔から『僕』を支えてくれたあの温もりで、不安なんて生まれる隙もないくらい抱きしめて欲しい。 そんな風に考える弱い自分が、とても嫌だ。 「飛鳥先輩帰りましたよー」 そんなことを考えながらソファーでクッションを抱きしめていると、慶太が帰ってきた声がして俺は思わず飛び起きた。 「お、おかえり」 どもってしまったのはご愛敬だ。急いで玄関に行くと、疲れきったような慶太が居て、俺は明かりをつけると笑いかけた。 「ご飯出来てるよ。今から温めようか」 「あ、ハイ。今日は何ですか?」 「肉じゃが」 「いいですねー。今日撮影が押しててご飯食べれなかったんで嬉しいです」 にっこり笑いながらそういう慶太に、俺の不安が吹き飛ばされていく。幸せな気持ちでキッチンに向かっていると、慶太が俺の後ろについてきた。 「『なんかこの会話、新婚みたいだね』って会話したの、覚えてます?」 後ろから慶太に言われ、俺は振り返って笑った。 「覚えてるよ。引っ越してきて初めての日だよね?」 あの日も、作ったのは肉じゃがだった。カレーを作りたかったのに、まさかのカレー粉を買い忘れて肉じゃがに変更したのだ。 「あの肉じゃが、ちょっと甘すぎでしたよね?」 「慶太が砂糖いれすぎたんだよ。俺止めたじゃん」 「そうでしたね」 そんなたわいない会話をしながら夕飯を準備して、慶太の前に置く。俺も付き合い程度に軽く御相伴にあずかることにした。 俺が作った肉じゃがは甘すぎることもなく、しっかり味が染みていておいしかった。 朝にしっかり用意しておいて正解だったな、と思っていると慶太も喜んでくれて本当に嬉しかった。 「飛鳥先輩、最近元気ないですね?」 そんな風に夕飯を終えて、さぁ片づけようという時に慶太にそう言われ、俺はドキッとした。 「……どうして?」 「ごまかさないでください。最近あまり会えませんでしたけど、誰よりも飛鳥先輩を気にかけてるのは俺です」 自信を持って堂々とそう宣言する慶太に、俺はあっけにとられてしまい、ついには笑ってしまった。 かなわないな、この年下の恋人には。 「…俺、ダメだね。一緒に住めるだけでとても嬉しかったのに、今は一人でこの家にいるのが寂しいんだ」 「―――そんなことないです。俺だって、飛鳥先輩がこの家で待っていてくれるって思っただけで嬉しかったのに、もっと贅沢言いたくなるんです」 慶太はそういうと、おもむろに俺の傍に来て手を取った。その手の中に小さな箱を乗せ、ゆっくりと開けてくれる。 「…俺、飛鳥先輩と結婚したいです」 「え――――」 その中から出てきたのは指輪で、俺は驚きに目を丸くする。 「…分かってる?日本じゃ同性では結婚出来ないんだよ?」 「知ってます 。でも、この前撮影で知り合いになった人の情報によると、他県に式だけは同性でもあげさせてもらえる教会があるらしいんです。それを聞いたら、迷わず飛鳥先輩と結婚したいって思っちゃって、指輪まで買っちゃいました」 「――――っ」 「ねえ飛鳥先輩、俺と結婚してくれませんか?」 俺の大好きな笑顔で、幸せな言葉をくれて。 差し出された指輪を拒絶出来る人間など、どこにいるのだろう。 俺は弱くて。慶太と出会ってからは寂しがりで。 俺より性格がよくて綺麗な女性も、男性だってこの世にいっぱいいる。でも、慶太は俺を選んでくれたんだ。 一生一緒にいたいって、思ってくれるんだ――― 「……っ!?飛鳥先輩!?」 ぽろぽろ涙を流す俺に、慶太がうろたえたように声をあげる。箱を持っていない手で涙をぬぐわれ、俺は笑った。 「…違う、嬉しいだけだからっ」 「それじゃ、抱きしめてもいいですよね」 慶太はそういうと、俺の指に指輪を通して俺を抱きしめてきた。宥めるように背中をたどる大きな手に、俺はたまらなくなってギュッと抱きしめ返す。 「今日チャペルの写真見せてもらったんですけど、結構綺麗でしたよ。二人だけの結婚式になりそうですけど、絶対後悔させませんから」 「―――うん、楽しみにしてる…っ」 楽しそうに言われ、俺は大きく頷く。 俺はもしかしたら早く死んでしまうのかもしれない。幸せで、ドキドキして、慶太の隣は胸がいっぱいになって溢れてしまいそうだ。 それでも、もっと一緒にいたいから。 ―――今も、これからも、前だけ向いて進んでいきたい。 もちろん、君の手をしっかりとつないだままで。 ------------- With hapiness and love. 2012.3.23 |