春に芽吹く、


※ヒナドリ完結後


―――あれほど大丈夫だと言いきかせた。

何度も勉強したし、冬慈さんにお墨付きをもらった。自分でも申し分ない出来だった。

それでも、結果が出るその瞬間まで落ち着かなくて、僕はそわそわと部屋の中を歩き回った。

今日は、合格発表日。発表会場に行ってもよいのだけど、混雑することが予想されるからインターネットで確認することにして、かれこれ十分以上前からパソコンを立ち上げて待っている。

10時に発表で、それまでがもどかしい。

冬慈さんも、午前中休みを取ってくれて、 僕が動き回るのを見ながら苦笑していた。

「雪、10時だよ」
「っ!」

冬慈さんにいわれ、僕は恐る恐る冬慈さんのいるパソコンの傍に向かう。

ゆっくりページを開くと、自分の番号を探した。

「えっと、えっと――――あ……」

ひたすら数字を追いかけ、僕はある数字で目を止めた。

そうして、確認するように冬慈さんを見る。

「―――合格おめでとう、雪」
「―――――っ!」

嬉しくて、言葉にならなくて。

僕は冬慈さんに思いっきり抱きついた。冬慈さんも、僕を痛くない強さで抱きしめてくれる。

―――こうして僕は、無事大学に合格することができたのだった。




「―――乾杯」

それが今朝の話で。

午後に仕事に向かってしまった冬慈さんとわかれ、バイト先に合格を報告して、夜になってから僕は外出していた。

冬慈さんとホテルのレストランで待ち合わせ、お祝いをしてもらうことになったのだ。

雰囲気のあるレストランでの食事は未だになれないが、冬慈さんはいつも僕を気遣って個室のある部屋を用意してくれる。

そうして、僕に少しずつマナーを教えてくれたりワインの選び方を教えてくれたりと、本当によくしてくれている。

「改めて、合格おめでとう」
「はい。冬慈さんのおかげです、本当にありがとうございます」

ワインで乾杯をすると、冬慈さんと食事を始める。

冬慈さんには本当にお世話になった。部屋に住まわせてくれていたのももちろんだが、分からない問題があるときは家庭教師のように教えてくれた。

そうして、模試でいい成績を取れたら褒めてくれたり。

受験の最後の最後の晩まで、不安で眠れない僕を抱きしめてくれた。

いろんな感謝が溢れて来て、冬慈さんを見るだけで胸がいっぱいになってしまう。冬慈さんはそんな僕を見て、小さく笑った。

「…だいぶフォークの使い方がよくなってきたな」
「……冬慈さんにそう言ってもらえて、嬉しいです」
「本当だ。きっとどこの三つ星レストランに行ってももう大丈夫だろうさ。ただ、ワインにはもう少しなれなきゃな」
「もう、意地悪」
「ははっ」

僕がワインですぐに酔ってしまうことを指摘して、冬慈さんはいたずらっぽく笑う。

そんな風に和やかに過ごしていると、冬慈さん声をひそめて囁くようにしながらいたずらっぽく笑った。

「受験の時はさすがに無理させられないからな。禁欲してた分、今日は甘やかさないからな」
「な……っ」

最後のデザートを食べようとしていた僕は、意味が分かると顔を真っ赤にしてスプーンを落としてしまった。

慌ててスプーンを持ち直すと、冬慈さんに囁き返す。

「恥ずかしいですよ、そんな」
「俺だって受験の時に理性と戦ってたんだぞ?今日ぐらいいいじゃないか」
「……冬慈さんってば」

顔が熱いけれど、冬慈さんの甘い視線がとても恥ずかしい。僕はそんな視線から逃げるように目を伏せると、小さく呟いた。

「…今日はお腹いっぱい、僕を食べてください」




「――――ん、あっ、あぁんっ!」

―――そんなことを口走った僕を冬慈さんが逃がすはずがなく。

レストランから帰るとすぐに、僕たちはベッドで抱きあっていた。

ベッドの下に投げられたスーツがしわにならないかとか、心配できていたのは最初だけだった。

すぐにぐずぐずにとかされて、しばらく抱き合えていなかった分も甘く求められて。

「とうじさ、冬慈さん……っ!」
「雪………」
「もっと、強くして、あぁっ」

理性なんて、とうの昔になくなっていた。求めて縋るように手を伸ばすと、ギュッと握り返してくれる。

縋るように腕を絡めれば、隙間がないくらいぎゅうっと抱きしめ返してくれる。

久しぶりの冬慈さんの体温に、涙が溢れて来て止まらなかった。

「……そういえば、受験が終わったら渡そうと思っていたいんだ」
「っ、ふぁ…?」

一度果てたところで、冬慈さんがポツリと呟く。

そうして、ベッドサイドから何かを取り出すと、僕の手を取った。

「俺は、いつも不安だよ。雪はまだ若いから、これからどんどん成長していって、俺のもとを巣立っていくんじゃないかって。―――でも、もし、これからもずっと、雪の成長を隣で見守ってもいいなら、これを証にさせてくれ」

そう言って、僕の左手の薬指に、銀色の指輪が通された。

「…プレゼントだ。俺も、同じのをつけておく」

そう言われながら指先にキスをされて、涙がまた頬を伝った。

この人が、大事で。

僕はこの人に、何を返せているのだろう。きっと、もらってばかりで、愛されてばかりで。
でも、手放せない。

誰よりも、どんな素敵な人よりも冬慈さんを思っている自身があるから。

―――あなたに見合う人になりたいって、強く思うんだ。

もし僕が変わっていくなら、あなたに愛されたいから。きっと、ずっと傍にいるために僕は変わり続けるだろう。

―――だから、ずっと傍にいて、僕を見ていてください。

「……ありがとう、ございます。だ、大事にします…っ」

はらはらこぼれる涙は、愛しさから。こんなに幸せばっかりで、罰が当らないだろうか。

「冬慈さんのは、僕がつけたいです」
「―――じゃ、お願いしようかな」

冬慈さんはそういうと、僕のよりも一回り大きな指輪を僕の手のひらに乗せた。

僕はそれを持つと、迷わず僕の指輪がある指と同じ指に嵌める。

「―――冬慈さん、大好きです」

幸せで、嬉しくて。

僕はそういうと、冬慈さんに一つキスを送った。

―――何度だっていうから。

不安な時はいつでも言って。声がかれても、言葉が出なくなっても伝えるから。

大好きなあなたに、見合う自分になるために。

ヒナドリは少しずつ、大きく育っていくのです。



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2012.2.23

Thanks for reading!


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