∵ 運命の歯車(慶太×飛鳥)


※飛鳥高校三年生



もうすぐ卒業だね、と。
先輩は寂しそうに笑った。

「―――あのさ、放課後、ちょっとだけあって欲しいんだけど、ダメ?」

師匠も走る12月も終わりにさしかかった24日。今日は終業式だ。

飛鳥先輩はセンター試験を受験するから冬休みもずっと学校に通うらしいが、しばらく会えなくなることを内心寂しく思っていた。

だからこそ、先輩からそんなことを言ってきてくれるのが、とてもうれしかった。

終業式が終わり、解散しようとしているときにそっと声を掛けられる。

先輩は自分のことを嫌というほど分かっているから、『誰にも僕と慶太が仲がいいと知られてはいけない』と思ってそのタイミングを狙ったのだろう。

評価が下がるとか、クラスメイトに変な目で見られるとか、どうだっていいのに。

それでもそんな先輩がいじらしくて、俺は早く終われと願いながら先生の挨拶を聞いていた。

「おーい、慶太。帰るぞ」
「いや、今日は先に帰ってくれ」
「ふーん」

声を掛けてきたクラスメイトを適当にあしらうと、俺は真っすぐ飛鳥先輩のところへ行く。

普段なら友人たちも誘うところだが、今日だけは抜け駆けしたかった。

友人と話して自信を持って欲しい。でも、今日はクリスマスイブだ。

俺にも少しだけ、幸せを分けて欲しい。

「―――先輩!」
「あ、早かったね」

早速中庭にいくと、先輩は鼻の先を赤くしてベンチに座っていた。

先輩の担任の先生はHRが短いらしく、先輩の方がいつも早い。それでも、寒そうにしている先輩を待たせるのは忍びなくて、俺はいつも『遅れてすみません』と謝るのだ。

「ふふ、別にいいのに。走ってきてくれただけで嬉しいよ」

そんな俺を、飛鳥先輩は柔らかく受け止めてくれるから、そのたび抱きしめたくなる衝動と戦うのだけど。

「あのね、今日はクリスマスイブでしょ?だから、ケーキやいて来た」

飛鳥先輩はそういうと、鞄の中からケーキの箱を取り出し、誇らしげに見せてくれる。

「すげー……」
「ふふ、頑張ったの」

そこにあったのは綺麗にまかれたブッシュ・ド・ノエルで、ご丁寧にクッキーでサンタの装飾まで上に乗っていた。

「たまには受験勉強の息抜きにいいよね?」
「全然問題ないと思います。先輩なら余裕ですよ」
「ふふ、慶太がそう言ってくれると安心するな」

はにかんだように笑いながら、先輩は俺の分のケーキを分けてくれる。

それを受け取ると、食べるのすらもったいないような気がしてきた。

「いただきます」
「はい、どうぞ」

それでも、先輩が味をうかがうようにみているから、俺はそっとフォークを差し込み一口ほおばる。チョコレートがダメな先輩らしく、ホイップでデコレーションされたケーキは雪のようで、身体の中からあったかくなれるような優しい味だった。

「おいしいです!クリームも甘すぎないし、ふわふわでおいしい」
「よかった!久々にまいたから緊張したんだよね」

先輩はそう照れたように笑って、自分でもケーキを食べ始める。

俺はそんな先輩を横から眺めながら、ふとサンタのクッキーを先輩のケーキの上に乗せた。

「………?」
「俺からも、クリスマスプレゼントです」

不思議そうにしている先輩にいたずらっぽく笑いかけながら言うと、先輩は頬を少し赤く染めて『ありがとう』と微笑んだ。

「いいの?食べなくて」
「はい。遠慮なくどうぞ」
「ふふ…慶太が作ったみたい」

おかしそうに笑いながら、先輩はサンタのクッキーをそっとフォークでつつく。そのまま食べるのかと思ったら、先輩はそのまま蓋をしめてしまった。

「……食べないんですか?」
「サンタさんも二人いたら寂しくないかなって。せっかく慶太がくれたんだし、家で大事に食べるよ」

正直言うと、自分で作ったのにもったいない、と笑う先輩を見ながら、俺は先輩で胸がいっぱいになる。

もう我慢できない、と先輩に手を伸ばすと、俺は先輩をそっと抱きしめた。

「あっためてくれるの?」
「はい、人間カイロです」
「最近寒いから嬉しいな」

先輩はそう笑いながら、俺の背中にそっと腕をまわしてくれる。先輩の体温と柔らかさを感じながら、俺たちはしばらくそうして抱きしめあっていた。

「……ねぇ、慶太」
「なんですか?」

そうしながらたわいもない話しをしていると、先輩が寂しそうに呟いた。

「もうすぐ卒業だね」
「………っ、そうですね」

考えないようにしていた、その事実。でも時はずっと残酷に、平等に刻まれていく。

先輩がいなくなってしまうなんて、考えたくなかった。いつものように中庭に来てくれて、ケーキを食べながらたわいない話をして、そうして、あわよくば俺のことも好きになって欲しい。

そんな願いすら、きっと数ヵ月後にはかなわなくなる。

先輩は寂しそうにしながら、さらに呟いた。

「……3学期になってもまた、ケーキ作ってきてもいい…?僕と、卒業まで一緒にいてくれる?」

「っ!そんなの当たり前じゃないですか!」

俺は思わず、少し語調を強めて言ってしまった。

そんなの当たり前だ。

俺は先輩が大好きで、たとえケーキがなくたって、ずっとそばにいたいんだ。

どうして同じ学年で、同じクラスになれなかったのだろうと、とても悔しい。そうすれば、卒業で離れることもないし、いじめられているのだって、堂々と庇えるのに。

年下な自分が悔しい。先輩の背中しかおえない自分に腹が立つ。

―――そうして、『僕なんて』と言ってしまう先輩のコンプレックスを取りはらえない自分の無力さが、憎たらしい。

ケーキなんて、なくてもいい。卒業までと言わず、ずっとそばにいたい。

―――それなのに、先輩はまだ『ケーキを作るから一緒にいてもいいのか』と尋ねてくるのだ。

少し強く言ってしまったことで、先輩は『ごめんね』と呟く。

「いえ、こちらこそ強く言ってしまって…」
「いいんだ。また傍にいるのを許してくれて、嬉しい」

そうじゃなくて、と言いたい。でも、俺の口から出たのは、すごく情けない言葉だった。

「―――っ!3学期は、今までよりもずっと楽しいですから!たくさん友達呼ぶんで、みんなで最高の思い出を作りましょうよ!」
「………、うん」

先輩は俺の腕の中で小さく頷くと、俺の背中にまわした腕に力を込めた。

まるで俺ごと、この時を胸に抱きしめて大事にとっておこうとするかのように。

卒業式なんて、来なければいい。そう思っても、季節は巡って。

―――静かに、運命の歯車は巡り始めていた。


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2011.12.23

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