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しかし、それが先輩の逆鱗に触れてしまったようで、先輩は歪んだ笑みを浮かべる。
「ケーキ投げつけて、調子乗ってたから躾けてやったんだよ。あんまり調子乗られてるとこっちも迷惑だからな」
「―――――っ」
俺は、怒りが湧いて先輩の頬を殴った。放課後で、生徒は少なかったとはいえ、いきなりのことに他の先輩たちは目をまるくしたようだった。
職員室に走る先輩を横目で見ながら、俺は怒りで柊先輩を睨みつける。
―――あのひとが、あなたをどんな目で見ていたと思っているんだ。
あいさつ出来た、と嬉しそうに語っていた先輩。いつも勇気をもらっている、あこがれの人だと、心から信じ切っていたのに。
誰にいじめられるより、柊先輩に言われた一言が一番傷つくのだ。それを―――自分の嫉妬のせいで、八つ当たりして。
先輩は、俺に殴られても、全くこたえていないようだった。よろめいたところを持ち直すと、そのまま俺に低く唸る。
「他の奴らがブスカにやってるようなことだろうがよ。俺が責められる理由は無いと思うんだけど?」
―――そう思うなら、なぜ。
何で傷ついたような顔をするんだ。本当は、そんなこと思っていないくせに。
―――不意に、俺は先輩に同情しそうになった。
きっと先輩と同じだけ、この人も飛鳥先輩を信頼していたのだ。形は違って歪んでいたとしても、きっと先輩は『特別』だったんだ。
そんな先輩に、裏切られて。
先輩は理由なくそんなことをしないと思うけれど。結果として裏切られてしまった柊先輩を、俺は見ていられなくなる。
先輩に出会わなければ、きっと俺もこうなっていた。
柊先輩も、俺の考えていることが分かったのだろう。攻撃的なとげとげしさが消えて、表面的な苛立ちを抑えられる程度には冷静になれたらしい。
先生がこちらに走ってくるのを見て、俺はスッと立ち去ろうとする。
「柊先輩、あなたは傷ついたかもしれない。それでも―――飛鳥先輩を傷つけたのは、あなたの八つ当たりだ」
どうして、飛鳥先輩はあそこまで他人に優しくできるのか。
それは、先輩がして欲しくて、でもしてもらえないものだから。それをもらっていて、たった一回の裏切りに傷つくのは、弱い証拠かもしれない。
でも、人間なんてそんなもので。傷つきたくないし、弱さは隠していたいし、裏切りなんて、無い方がずっといいに決まってる。
だから、先輩は普通だ。だけど、俺はずっと強くて綺麗な心を知っているから。
何度も裏切られて、それでも誰かに優しくできる。一歩間違えば馬鹿だ。学習できないのだから。
でもそんな心に、どうしようもなく惹かれて、あこがれるのだ。
きっと―――柊先輩も、そんな先輩に惹かれていた1人で。
どこか他人事にできない、先輩の立ちつくす姿を見てそう感じながら、俺は二年のフロアから立ち去ったのだった……
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