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「―――すいません、芹沢飛鳥先輩いますか?」
そんなとき、1人の後輩がクラスにやってきた。
それは人嫌いで有名な一年の中里慶太で、まさかの芹沢を呼びだしたのだ。
芹沢は、悲しいかなクラスのヤツに折檻目的で呼び出され、今は教室にいない。
どうしたものか、という微妙な空気があたりを支配したが、視線が俺に集まっているのを感じて、内心ため息をつきながらも中里の方へ向かった。
「芹沢は呼びだされてるけど?」
「………っ」
「どうすんの、助けに行く?」
傷ついたような顔になった中里に、俺は胸の中で焦燥感に覆われていた。
何で、オマエが芹沢と。
接点のない二人に、俺は一つの疑惑が浮かび上がった。
コイツが、箱のもらい主じゃないのか。
そうすればつじつまが合う。中里が最近雰囲気が柔らかくなったのはひそやかに噂されている。以前の彼なら頼まれたって二年の教室まで来ないだろう。
そんな彼を観察しながら、俺は中里の答えを待つ。中里はグッと拳を握ると、ため息交じりにいった。
「……飛鳥先輩の問題なので、俺は口出ししません」
「えらく薄情だな」
「飛鳥先輩がそういったんです」
「ふ−ん」
飛鳥先輩、ね。
随分親密だな、と冷えていく心の中で思った。ブスカの方が有名で、アイツの本名を覚えているのなんて俺だけだと思っていたのに。
なんだか黒い感情が腹の底からわき上がってきて、俺はさっさと中里に帰ってもらうことにした。とりあえず芹沢には話しておく、といって。
「―――芹沢」
折檻から帰ってきた芹沢は、表面上は出ていく前と変わっていない。変わっているのは、服の下だ。体育の時に見て、とてもひどかったのを覚えている。
「な、何?柊君」
「中里慶太が来てたぞ。『今日は委員会』らしい」
「あ……そうか。柊君、わざわざごめんね」
芹沢は中里の名前を出すと嬉しそうにしたくせに、後半で目に見えて落ち込んでしまった。
その姿に、また黒い感情が浮き上がってくる。
「――――何、アイツと仲いいの?」
そんなこと聞くつもりはなかった。みていて分かるのだし、疑惑を確信にかえてしまうと、何かが崩れそうな気がした。
それでも、芹沢は少しだけ恥ずかしそうにした後、真っ赤な顔で笑いながら『…うん』と頷いた。
気づいてしまった。気づきたくない、黒い感情に。
俺の中に存在していた黒い感情が、形を持って俺の心を支配していく。気付かないように、心の奥底にしまっておいたのに。
―――あの笑顔が、俺に向けられたもので無いと分かっただけで。
何でこんなに、苦しくて、悔しくなるんだ。
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