8




柊君に言われて、俺は泣きそうになった。

どうして、綺麗な感情で終わらさせてくれないんだ。

『俺』は納得しようと頑張っても、『僕』は少しも納得してくれない。どうして僕はダメだったの?って、俺の胸の奥で叫んでる。

何がいけなかったの?不細工も治したのに、どうして慶太は僕に気づいてくれないの。

どうして……?

「―――そんなに納得してねえ顔して、『ナオ君なら応援できるよ』とか思ってるんなら、それは自己満足だ。叶わぬ恋に悲劇のヒロイン面したいだけで、慶太への想いは本気じゃねえんだよ」
「それは違う!僕とナオ君は違うんだ!ナオ君は『僕』よりずっとやさしいし、敵わないって素直に思え」
「思えてねえからそういう顔何だろうが!何で『悔しい』って思わない!?本気で好きならちったぁみじめに追いすがればいいんだ!」
「そんなこと――――んっ」

そんなことできない、って言おうとしたところで、柊君にキスされた。

煙草の匂いに包まれて、俺は涙が溢れる。

―――だって、どうしたらいいんだ。

慶太が好き。でも、ナオ君も好き。

どっちも好きなのに、どうして自分の気持ちを優先できるんだ。

確かに、悔しいよ。何もなかった『僕』がどうしても欲しかったものを他の人に取られてしまうんだから。

でも、そんなのただのわがままなんだ。目の前にあるおもちゃがほしくて泣いている子供と同じ。

―――なのに、どうして柊君は、俺の気持ちをぐしゃぐしゃにするんだ。

二人が大好きな『俺』は納得できたんだから、これから『僕』を宥めればいい話なんだ。『僕』に、もう大事な人は1人じゃないんだから、って言えばいいんだ。

そう思ってたのに。

「―――やめてっ!」

俺は柊君を渾身の力で突き飛ばした。柊君は少し驚いたようによろめくも、俺は立ちあがって彼に向かって叫ぶ。

「昔よりもたくさん、大事な人ができたんだ!みんなの幸せを願って何がいけないんだ!」

お願いだから、『僕』を呼び起こさないで。

僕の感情が、俺の感情と混ざり合い、ぐしゃぐしゃになって、ひどく惨めな気持ちになるんだ。

叫んだのが、俺の答えだ。俺は二人を応援したいんだ。

でも、でも――――

これ以上向き合っていられなくて、俺は逃げるように非常階段を後にした。がむしゃらに走って、使われていない休憩室で1人うずくまる。

「柊君の、ばか……ッ」

冷たいまなざし。ぶっきらぼうな物言い。でも―――暖かい唇。

どうして、そんな優しさを示すんだ。昔からずっと、俺が嫌いなくせに。

『俺』ですらも認めてやれなかった、一人ぼっちの『僕』の感情を、今更救いあげたりするなんて。

きっと柊君に逢わなければ、オモテに出ることはなかった感情。

だけど、それは今だけだ。

明日からはきっと泣かない。

自分のために泣いたりなんかしない。





[ 42/140 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOP


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -