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柊君に言われて、俺は泣きそうになった。
どうして、綺麗な感情で終わらさせてくれないんだ。
『俺』は納得しようと頑張っても、『僕』は少しも納得してくれない。どうして僕はダメだったの?って、俺の胸の奥で叫んでる。
何がいけなかったの?不細工も治したのに、どうして慶太は僕に気づいてくれないの。
どうして……?
「―――そんなに納得してねえ顔して、『ナオ君なら応援できるよ』とか思ってるんなら、それは自己満足だ。叶わぬ恋に悲劇のヒロイン面したいだけで、慶太への想いは本気じゃねえんだよ」
「それは違う!僕とナオ君は違うんだ!ナオ君は『僕』よりずっとやさしいし、敵わないって素直に思え」
「思えてねえからそういう顔何だろうが!何で『悔しい』って思わない!?本気で好きならちったぁみじめに追いすがればいいんだ!」
「そんなこと――――んっ」
そんなことできない、って言おうとしたところで、柊君にキスされた。
煙草の匂いに包まれて、俺は涙が溢れる。
―――だって、どうしたらいいんだ。
慶太が好き。でも、ナオ君も好き。
どっちも好きなのに、どうして自分の気持ちを優先できるんだ。
確かに、悔しいよ。何もなかった『僕』がどうしても欲しかったものを他の人に取られてしまうんだから。
でも、そんなのただのわがままなんだ。目の前にあるおもちゃがほしくて泣いている子供と同じ。
―――なのに、どうして柊君は、俺の気持ちをぐしゃぐしゃにするんだ。
二人が大好きな『俺』は納得できたんだから、これから『僕』を宥めればいい話なんだ。『僕』に、もう大事な人は1人じゃないんだから、って言えばいいんだ。
そう思ってたのに。
「―――やめてっ!」
俺は柊君を渾身の力で突き飛ばした。柊君は少し驚いたようによろめくも、俺は立ちあがって彼に向かって叫ぶ。
「昔よりもたくさん、大事な人ができたんだ!みんなの幸せを願って何がいけないんだ!」
お願いだから、『僕』を呼び起こさないで。
僕の感情が、俺の感情と混ざり合い、ぐしゃぐしゃになって、ひどく惨めな気持ちになるんだ。
叫んだのが、俺の答えだ。俺は二人を応援したいんだ。
でも、でも――――
これ以上向き合っていられなくて、俺は逃げるように非常階段を後にした。がむしゃらに走って、使われていない休憩室で1人うずくまる。
「柊君の、ばか……ッ」
冷たいまなざし。ぶっきらぼうな物言い。でも―――暖かい唇。
どうして、そんな優しさを示すんだ。昔からずっと、俺が嫌いなくせに。
『俺』ですらも認めてやれなかった、一人ぼっちの『僕』の感情を、今更救いあげたりするなんて。
きっと柊君に逢わなければ、オモテに出ることはなかった感情。
だけど、それは今だけだ。
明日からはきっと泣かない。
自分のために泣いたりなんかしない。
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