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―――結局翌日の検査も異常がなく、俺は無事退院できるようになった。
昨日ナオ君は面会時間ぎりぎりまで俺の傍にいてくれて、ずっと手を握ってくれていた。何を言うでもなく、ただ傍らにある体温は、俺にとって唯一の救命道具のように感じて。
もう大丈夫、と笑っても、まだ心配だから、と笑うナオ君に、なぜだか泣きたくなった。
裕子さんには、本当に申し訳ないことをしたと思う。
あの時ちゃんと断っていればよかった。
そうすれば、裕子さんを泣かせることもなかったのに。
無事退院できたし、今からでも仕事場に戻って裕子さんに会いに行こう。
そうして、スタッフの皆さんにも心配をかけたことを謝らなくては。
すごくみなさんに迷惑をかけてしまった。仕事を頑張るのは当然として、きちんとけじめをつけておかないと。
「――――――っ」
そう思いながら病院を出ると、エントランスに柊君がいた。今日が退院だとはナオ君にしか言ってないから、ナオ君から聞いたのかもしれない。
どうしてここにいるんだ、と不思議に思ったけれども、挨拶をしないわけにはいかず、俺は柊君に頭を下げる。
「……昨日は、ご迷惑をおかけしました」
「あのカメラから聞いた」
「うん、あと―――高校の時も、ごめんね」
そういうと、柊君は少しだけ眉をあげた。それにかまわず、俺はさらに続ける。
「柊君は覚えてないかもしれないけど、ケーキを柊君がくれようとしたことがあって、どんな理由があっても、とてもうれしかったんだ。だけど、酷い言葉をかけてしまって……傷つけて、ごめんね」
まっすぐ柊君を見ながら言うと、柊君は何とも言えない顔をした。
今更蒸し返されたって、と思っているのかもしれない。実際都合がいいし、ムシのいい話だ。
「―――これなら食べれるだろ?」
それでも―――まっすぐに差し出されたシュークリームに、涙が溢れた。
コンビニに置いてある、小さなシュークリーム。飾りっけのないそれが逆に、柊君の答えなのだと思った。
「退院見舞いだ。…オマエのことは相変わらず嫌いだけど、あの時のことはお互いさまだってことにしといてやる」
都合がよすぎるかもしれない。実は、夢なのかもしれない。
俺が過去につけた傷は、柊君の中で癒えることはないかもしれない。
でも―――俺は確かに、柊君の言葉に救われた。
「……あ、ありがと………っ」
「泣いてんじゃねえよ。女々しいやつだな」
「でも、……う、嬉しくって」
そういって無理やり笑った俺は、きっと一番不細工だったと思う。
でも、柊君は文句を言わず付き合ってくれ、そしてほんの少しだけ―――笑ってくれた。
――過去を救うのは。
現在の、言葉にする些細な勇気かもしれない。
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