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Side ナオ
―――エレベーターの前で倒れたセリさんを前にして、最初に悲鳴を上げたのは裕子さんだった。
「……裕子(ゆうこ)さんが泣いていました。『私のせいだ』って」
裕子さんは、セリさんにガトーショコラをあげた人だ。俺は見てなかったから良くわからなかったけれど、ガトーショコラを食べてからセリさんの様子が変だったらしい。
その言葉をきっかけに、栄養に詳しい美容関係者が『セリちゃんアレルギーだったんじゃない?』といっていて、結果としてはその通りだった。
それでも、苦しそうなセリさんの様子を見て、俺は言葉が出なかった。
すぐにスタッフの一人が救急車を呼んでくれて、セリさんは病院に運ばれていったのだけれど。
救急車が来るまでの間中、苦しそうに俺の服を握るセリさんを抱きしめることしかできなくて、とても悔しかった。
そんな悔しさがあって、少し責めているような口調になってしまった気がする。
どうしてはやく言ってくれなかったのか、と。
泣き崩れる裕子さんは、一歩間違えば俺だった。
俺だって、セリさんに差し入れといってシュークリームを差し出した。もしシュークリームがチョコレートケーキだったとしても、俺がまっすぐ差し出せばセリさんは食べただろう。
人の好意を無下にできない、どこまでも他人に気を使う人。
そういう、優しい人なのだ。
「そっか……」
だから、セリさんはそう呟いて、誰よりも切ない顔をする。その表情は裕子さんに向けたものであるとともに、それ以上の感情をはらんでいた。
「―――俺はいつも、言葉が足りなくていけないね」
つけたされたその言葉に、セリさんの過去の存在を知る。そして同時に、納得した。
そうか、だからそんなに―――セリさんは綺麗なのか。
儚げで、影のある美しさをたたえたセリさんは、誰よりも綺麗だ。
いつも笑顔のセリさんは、ポラ映りの良さを買われている。だけど、ふとした表情とか、1人でいるときの憂いを帯びた表情とか。
滲みでる色気に、カメラを向けたい―――そう思わせる魅力が、セリさんにはある。
きっと、セリさんには俺には理解できないほどの秘密があるのかもしれない。
だからきっと、俺に出来るのは傍らで彼の手を握るだけで。
でも、それだけが、彼に近づける唯一の手段で。
セリさんは泣かなかった。だけど、涙を出さずに泣いているような気がした。
だから俺は、ずっとセリさんの手を握り続けた……
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