10
どうしようもなくなって、俺は柊君の服の裾をギュッと握る。
その時、腕にしていた時計が目に入った。
撮影――――
「―――そこまでです」
俺は渾身の力を振り絞って、柊君を押しのけた。
急に冷静になった俺に、柊君が不機嫌そうな顔になる。それにかまわず、俺は出来る限り挑発するように笑った。
「それ以上して、30分じゃ済まないことになったら困るのは柊君だと思いますけど?」
暗に撮影をほのめかせば、柊君はとたんに舌打ちする。
時間になっても来ないモデルたちに、スタッフたちは何事かと部屋に見に来るだろう。
その時、この状態を見られて分が悪いのは明らかに柊君の方だ。
柊君もそれが分かっていたのだろう、いらだたしげにもう一度舌打ちをすると俺を解放した。
「ちっ―――セリ、俺はオマエを許してないからな」
「それでもかまいません」
「……明日の撮影は俺とだ。この続きは明日の撮影後だからな」
柊君はそういうと、俺を一睨みしてそっぽを向いた。もう話はすんだということでいいのだろう。
「―――失礼します」
無言のまま立ち去るのもためらわれて、俺は小さく会釈してから部屋をでる。
バタン、と部屋の扉を閉じたところで、どっと汗が出た。
「………っ」
今更になって、体が震え始める。
柊君が俺の身体に触れて来たのは、今日が初めてだ。糸のように張りつめていた緊張感がぷつりと切れて、俺はその場にしゃがみこむ。
純粋に、怖かった。
他人にあんなふうに触られたのは初めてだ。肌を通せば相手の気持ちはある程度分かるというが、柊君の気持ちは俺が思っていたより暗く、深かった。
あんな気持ちを、ずっと抱えていたのだろうか。
誰にも言えず、笑顔の仮面の下にひたすらに隠して。
隠し続けていた柊君の強さに舌を巻くとともに、また悩みの種が増えてしまった。
「――――明日……」
明日の撮影、大丈夫だろうか。
撮影を終えたとしても、そのあとまた呼び出されてしまったのだ。逃げることはできないし、変に時間が開くから余計なことまで考えてしまいそうだ。
―――そうやって、ぐるぐるとまとまらない思考に支配されながら、俺はその場からしばらく動けないでいた……。
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