9




誰にも優しくて、いつも笑っている柊君は、時々すごく冷たい目をする。

それが『僕』には少し怖かった。殴られるよりも、その不安定さが怖かった。

でも、今なら分かる。


―――柊君は、『僕』よりもずっと、自分自身が嫌いなのだと。


優しくて、笑っている柊君は、柊君自身の理想だ。それでも、いい人で居続けることは不可能で。

人間関係が親密になればその分軋轢も弊害も生じるし、理不尽な怒りを覚えたことだってあるはずだ。

だから、僕に毒を吐くたび、罪悪感に塗りつぶされ、一瞬傷ついた顔をする。

優しい人でいたいのに、心の苛立ちが露見する。そのたび、自分を責めていたのだろう。

普段は何でもないようにふるまうことができるのが、柊君の強さだ。でも、僕を目の前にするとその均衡が崩れ、不安定な感情が露見する。

それを柊君に課したのは、誰か。

止めなかった友人たちか。それとも―――『僕』か。


きっと、どっちもだ。

だから、柊君は今も、こんなに苦しそうな顔をするんだ。

『―――いらない』

あの時、俺は言葉が足りなかったことを恥じた。

本当は嬉しかった。柊君が心の底にどんな気持ちを抱えていたって、向けてくれる好意的な感情が嬉しくないわけがない。

それでも、僕は―――

「―――んっ、」

そう考えていた時、柊君の唇が俺のそれと重なった。

突然のことで身じろぎするも、それすら拘束するように柊君の腕が俺の身体に回る。

壁に押し付けられるようにして、唇を重ねられる。開いた口の隙間から舌を絡め取られて、俺は混乱の極みに達していた。

「……んっ、ふ、ぁ」

思考が、うまくまとまらない。

スーツの隙間を縫うようにして這う柊君の手が、明確な意思を持って動いている。いくら恋愛経験の乏しい俺でも、これが何を意味するかぐらいは分かった。





[ 17/140 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOP


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -