9
誰にも優しくて、いつも笑っている柊君は、時々すごく冷たい目をする。
それが『僕』には少し怖かった。殴られるよりも、その不安定さが怖かった。
でも、今なら分かる。
―――柊君は、『僕』よりもずっと、自分自身が嫌いなのだと。
優しくて、笑っている柊君は、柊君自身の理想だ。それでも、いい人で居続けることは不可能で。
人間関係が親密になればその分軋轢も弊害も生じるし、理不尽な怒りを覚えたことだってあるはずだ。
だから、僕に毒を吐くたび、罪悪感に塗りつぶされ、一瞬傷ついた顔をする。
優しい人でいたいのに、心の苛立ちが露見する。そのたび、自分を責めていたのだろう。
普段は何でもないようにふるまうことができるのが、柊君の強さだ。でも、僕を目の前にするとその均衡が崩れ、不安定な感情が露見する。
それを柊君に課したのは、誰か。
止めなかった友人たちか。それとも―――『僕』か。
きっと、どっちもだ。
だから、柊君は今も、こんなに苦しそうな顔をするんだ。
『―――いらない』
あの時、俺は言葉が足りなかったことを恥じた。
本当は嬉しかった。柊君が心の底にどんな気持ちを抱えていたって、向けてくれる好意的な感情が嬉しくないわけがない。
それでも、僕は―――
「―――んっ、」
そう考えていた時、柊君の唇が俺のそれと重なった。
突然のことで身じろぎするも、それすら拘束するように柊君の腕が俺の身体に回る。
壁に押し付けられるようにして、唇を重ねられる。開いた口の隙間から舌を絡め取られて、俺は混乱の極みに達していた。
「……んっ、ふ、ぁ」
思考が、うまくまとまらない。
スーツの隙間を縫うようにして這う柊君の手が、明確な意思を持って動いている。いくら恋愛経験の乏しい俺でも、これが何を意味するかぐらいは分かった。
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