8




『……んだよ、優しくされたからって調子のんじゃねえぞ』

普段は人当たりが良くて、優等生な俺の口から出たのは、そんな腹の底にあった汚い言葉だった。

怒りのままに投げつけたケーキを、ブスカは慌てて膝をついて拾っていて。その姿にますます怒りが湧いて。

だけど、それを責めるクラスメイトは誰もおらず、むしろほめたたえるようにはやし立てた。

汚い感情は、ブスカに向ければいい。ブスカに向ければ、誰も俺を責めず、汚い感情を心に留めずに消すことができる。

そうして、毒を吐き続けた俺は、ブスカにどんなふうに映っていたのだろう―――



―――セリの澄んだ眼を見ると、あの時のブスカとかぶる。

相変わらずガラス玉のように澄んだ瞳には、俺の醜い腹の底が見えているのかもしれない。

セリは俺を見ると、震える口で言葉を紡いだ。

「……痛いです」
「へぇ、で?」
「離してください……っ」

少しだけ背が低いセリが、見上げながら気丈にふるまおうとしている。撮影のためにブラックのスーツを着ているのが、何ともなまめかしく映った。

穢れを知らない、哀れな子ブタ。

昔から嫌われながらもふてくされることなく、ひたすら純粋で。誰を責めるでなく、自分をひたすら責めて。

―――そうやって閉じこもっていた殻を破って生まれた彼は、やはりどこまでも純粋だ。

「―――んっ」

俺は思わず、セリの唇に口づけた。突然のことに驚いたセリが、抵抗しようともがき始める。

そんな風にしても、煽るだけだというのに。

男の性が、汚せと叫ぶ。

汚してしまえと、醜い欲望が頭をのぞかせる。

「……だからオマエが嫌いなんだ」

いつだって、腹の底を引きずり出されて。

綺麗でいられたことなんか一度もない。いつも自分のペースを乱されてばかりで、俺でいることができない。

それなのに―――初めて味わうセリの唇は、これ以上なく甘美だった。

甘露のような味わいを、キスが初めてだというわけでもないのに貪った。おそらく色ごとの経験などほとんどないであろう相手に快楽を教え込むのは、男の悦びを満たす。

「……ん、ふ、ぁ」

抑えようとするセリの声が、俺のストッパーを外す。唾液が溢れてもかまわなかった。

それでいい、オマエも、俺と同じ気持ちを味わえばいい。


何もかもなりふり構っていられなくなって、醜くなってしまえばいい――――


―――暗い欲望に支配された俺は、もはや自分を止めることができなかった。





[ 16/140 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOP


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -