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Side 柊
飛鳥降板の噂は予想以上に早くスタッフ中に駆け巡り、結局その日は撮影中止になった。
俺は怪我をした飛鳥を家に連れて帰ると氷で頬を冷やし、飛鳥の様子をうかがう。
慶太から殴られた跡は無残なほどに色が変わり始めていて、目を覆いたくなるほど腫れてしまっている。
「…氷、ちゃんと冷やしとけよ」
「うん」
俺は飛鳥に氷嚢を渡すと、飲み物をとりに行く。コップに水を注いでリビングに戻ると、飛鳥はびっくりするくらい静かだった。
それがまた、俺の胸をさす。
どんなに近くにいたって、今コイツの心は慶太でいっぱいなのだ。
飛鳥に声をかけられ、飛鳥が慶太に必死で抱きついている姿をみて、忘れかけていた黒い感情が噴き出しそうになった。
もしアレが慶太じゃなくて、俺だったとしても。
飛鳥は同じく抱きつくのかもしれない。それでも、頬に触れることを簡単に許してもらえる慶太に、俺はみじめに嫉妬して、ヤツを怒らせてしまった。
結局俺は、慶太みたいになれない自分が一番嫌いなのだ。
素直に好きだと気持ちを口にして、過去のことも、きちんと向き合って。慶太みたいに出来ないから、俺は皮肉ってしまう。
眩しくて、妬ましい。そんなことを考える自分が一番滑稽だと、分かっているのに。
飛鳥も、何も言わなかった。ただ言われた通り氷で頬を冷やしてはいるが、外が暗くなりかけていても何も言わない。
「……柊君、やっぱり行かなくちゃ」
氷嚢がすっかり溶けきってしまったころ、飛鳥はポツリとそうつぶやいた。
やっぱりな、と思うと同時に、まっすぐにみてくる飛鳥の顔をみることができない。あれほどこっちを向いて欲しかったのに、それ以上言葉を聞くことができなかった。
「…やっぱり、俺の問題だから、俺が行かなくちゃ。今このままにしてたら、きっとダメだと思う」
「―――――っ」
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