愛しい体温
――結局、俺の怪我の治療は瀧本の家ですることになった。
迎えに来てくれた車に乗り込み、降ろされた先は豪華な日本家屋だった。
ドラマに出てくる屋敷にそっくりでこっそり感動したのは秘密である。
玄関の入口には人が立っていて、瀧本は彼を見ると驚いたように『ヤナギさんっ!』と叫んだ。
「よう」
「家に入ってて下さってよかったのに」
「荷物は置かせて貰ってるさ。たまには倅(せがれ)を出迎えてやろうと思ってな」
このヤクザさんは、ヤナギさんと言うらしい。
関東地方を占める組の若頭で、瀧本の組はこの人たちの傘下に当たるらしい。
抗争や経営など、様々な面でお世話になっている、と早口に教えてくれた。
「こんにちは、はじめまして、牧村と言います」
そんな話を聞いていると、ヤナギさんと目が合ったので深々とお辞儀をしながら挨拶をした。
ヤナギさんは片手をあげてそれに応えると、俺を観察する。
「ふん。…ずいぶん男前になってるじゃないか」
ヤナギさんがそういって俺に触ろうとすると、瀧本の手が伸びてきて引き離される。
何事かと瀧本を見上げたが、ヤナギさんは訳知り顔で意地悪く笑った。
「へぇ、ご執心だな」
「いくらヤナギさんでもお触りは有料です」
「心が狭いな。浮気しまくってた野郎が何してんだか」
「ほっといて下さい」
威嚇するような瀧本の言葉にも、ヤナギさんはニヤニヤと笑って堪えていないようだ。
「行くぞ牧村。傷の手当しないと」
「あ、うん。…失礼します」
そんな瀧本は、ついに俺の肩を抱いて家に入ろうとする。
俺がヤナギさんに挨拶すると、ヤナギさんは小さく笑った。
「部屋に傷薬用意してある、……早く治せよ」
―――後から聞いたことだが、俺にサンドウィッチを買えと言ったのはヤナギさんらしい。
懐の深い優しいヤクザなのだと、俺はヤナギさんを尊敬した。
[ 32/35 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
小説一覧