今だけは
とりあえず二人からはなれたくて、ひたすらに走る。
でも走っても、走っても、頭にこびりついた映像は消えてくれない。
校舎裏に木材を片付けてしまったところで、俺はその場にへたりこんだ。
「……………っ」
嫌だな、なんで涙が出るんだ。
なんで―――裏切られたなんて感じるんだ。
瀧本の隣にいたのは、俺に忠告してきた彼女だった。
彼氏である瀧本が、彼女とキスをするのは当然じゃないか。
当然なのに――あの優しい手が、俺だけのものでは無いことに、胸が引き裂かれそうだ。
「………うっ、うぅ」
――『あたしみたいに引き下がれなくなる前に、身を引いた方がいいと思うわ』
どうしてただ好きなだけではダメだったのか、ときいた俺に、彼女はそういった。
でも、今なら彼女がどんな気持ちで言ったか、すごくわかる。
だって、もう引き下がれない。
冷たい態度の先の、あの優しさを知ってしまえば誰だって特別を願う。
そして、どうして自分のものだけじゃないのかと、理不尽な怒りに身を焦がす。
あの優しさに見合うだけの綺麗な気持ちでいたくても、現実は裏腹で。
分かっていても止められない思い。
でも、身を引かなくては。俺は男で、瀧本には彼女がいるんだから。
分かっているから――今だけ自分の為に、泣かせて欲しい。
明日から頑張るから。今だけは―――自分の恋の終わりを、嘆かせて欲しい。
「……うっ、うぁぁぁぁ―――っ!」
――そうして結局、バイトの時間ギリギリまで、俺は泣いた。
クラスメイトの優しさを無駄にしてしまった申し訳なさもあいまって、明日からは絶対完璧にこなそうと誓いながら。
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