喜びと恐怖と




「た、きもと……っ!」
「嫌なら抵抗しろ」

起き上がって、そのまま床に組伏せられる。背中に触れるリノリウムの冷たさにこれは現実なのだと理解する。

これからされることが嫌でも分かってしまい、俺は瀧本をじっと見つめる。瀧本はそっけなく視線をそらすと、俺の首筋に顔をうずめた。

「………っ」

濡れる感覚と、湿った音がして、俺は訳もなく涙が滲むのを感じた。

―――俺は、ただ『ありがとう』って言ったかっただけなのに……

何がどうしてこうなったのか、誰か教えてほしい。

あんなに幸せな気持ちでいられたさっきまでが嘘のようだ。

だけど、俺を天国にいるような幸せな気持ちにしたのも、恐怖のどん底に突き落としているのも瀧本で。

「……瀧本、たきもと…怖い」
「嫌なら突き離せって言ってるだろ」
「突き離せないのが、怖い」

涙声になりながら、俺は瀧本の首筋に縋りつく。

お願いだから、俺を引っかき回さないでくれ。

どうして普通にしてくれなかったのか。ただ一緒にご飯を食べて、たまに一緒に暮らす活動をして、会話をするだけではダメだったのか。

そんな風に自分で思っているくせに。

背中に回ったモノが、俺の頭を撫でてくれた優しい大きな手だと思うと、歓喜に震える自分がいる。

どうか離れないで、と願う自分がいる。

あの優しさにもう触れられなくなることを恐れる自分がいる。

怖いのに、突き離せない。いけないと分かりながら、続きをはしたなくねだる自分が怖い。

「―――泣くなよ」

瀧本が、頬を伝う涙をぬぐう。その掌は、やっぱり大きくて暖かい。

「俺は野良猫じゃなかったのかよ」
「……悪い。俺も分からないんだ、自分がどうしたいのか。オマエが好きかどうかもよくわからないんだ」

額をくっつけながらそう言われ、俺は『とんだ最低男だ』と笑った。

分からないくせに、手を出したのか。手の早さに浮気性の片鱗を見て、呆れてしまう。

でも、そんな困惑まみれの瀧本に、どうしてこんなに胸が熱くなるのか。

いつも俺を助けてくれた瀧本が、俺を頼ってくれている。弱い部分を見せて、自分の気持ちを素直に言ってくれている。それがとてもうれしい。

「……分からないなら、分かるまで好きにしていい」

俺がそういいながら口づけると、瀧本が驚いたように息をつめた。

正直言うと、俺も分からないよ。分からないから、瀧本の答えが知りたい。

俺の貧相な体で見つかるなら、好きにすればいい―――

「なぁ、瀧本―――んっ」
「もう黙れよ」

そういうとともに、すばやくふさがれた唇に俺は考えることを止めた。

その後は嵐のような行為に翻弄されるばかりで、俺はひたすら瀧本にしがみついていただけだった―――





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