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※後輩×先輩、雰囲気エロ




―――うちの水泳部には、人魚がいる。

透き通るように白い肌、儚げな面差し、決して高くないが、よく通る声。その姿に水泳部員は目を奪われ、優しい面差しからの叱咤激励に何度も窮地を救われた。

俺より一つ年上の、綺麗な人魚。

プールには入らないが、俺たちが誰よりも尊敬してやまない―――それが、マネージャーの樋口(ひぐち)先輩だった。



樋口先輩は、どの3年生の先輩とも仲が良くて、俺たち後輩にも優しかった。

体育会系特有の上下関係をないがしろにする訳ではなかったが、俺たちにも平等に接してくれていたと思う。

その儚さから人魚だと言われていたが、先輩がプールに入ったところを見たことはない。

そのことを『水に入ると泡になっちゃうから入れないんだ』と感じる程度には、俺たちは樋口先輩にイカれていたと思う。

そんな先輩も、引退して久しい。

先輩たちが引退して3カ月、樋口先輩はスポーツ推薦を決めたキャプテンと同じ大学を志望校にしている、と噂になっている。

キャプテンとマネージャーで、幼馴染という間柄のためか、二人は仲が良かった。

二人が話していると、部員ですら入りこめないような空気になったし、キャプテンが王子様のように甘い顔立ちをしていたこともあるかもしれない。

あの二人は付き合っているんだ、というのが部員の共通認識だった。

「はぁ……」

誰も確かめなかった情報が、決定的なものになった気がして俺はプールで漂いながらため息をついた。

確かめないうちは、とわずかな望みを抱いていたが、それすら泡となって消えた。

―――良かったじゃないか、別に。

童話の中では、人魚は王子と結ばれることがないまま泡となって消えてしまう。

樋口先輩は自分で幸せを掴む、1人の人間だったのだ。

俺は人魚の幻想を抱いて、樋口先輩に懸想していただけ。だから、人魚の先輩が泡と消えて、それでよかったのだ。

「―――こら、もう真っ暗だぞ」
「っ」

急に声をかけられて、俺はバシャっと水しぶきを立てて立ち上がった。

「樋口…せんぱい……」

そこにいたのは樋口先輩で、俺は茫然としながら夜の闇に浮かぶ先輩を見上げる。

衣替え期間ということもあって、学ランの上着を脇に抱えてシャツ1枚の姿だった。その白が幻ではないことを俺に物語っていて、俺は慌てて目を擦った。





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