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最後にするには、何とも味気ない会話。それでも、無情に時は過ぎてゆき。
出発を告げる汽笛が鳴る。誠之助が身をひるがえすと、ふわりと制服のマントが揺れた。
「大志、餞別」
「え―――――」
誠之助は乗り込む直前、そう言って紙を寄越してきた。黒い物体は誠之助を呑み込むと、待ってましたとばかりに目的地へ去ってしまう。
ぼんやりそれをホームで眺めながら、僕は誠之助の寄越した紙を開いてみた。
『 大志へ
大志、つらいなら、
俺のことは忘れてくれ。
それでも、お前と一緒に見た世界は
ずっと輝いてた。
俺はお前のことを
絶対に忘れたりはしない。
忘れない限り、思い出がある限り
俺の世界はずっと輝いてる。
もし忘れずにいてくれるなら、
お前にとっての俺が、
そうあれたらいいと思う』
「――――――っ!」
もう、無理だった。我慢なんてできるはずもなかった。
手紙と呼ぶにはお粗末すぎる、ノートの切れ端に書かれた誠之助の文字。ぶわっと涙がにじんできて、視界を濁らせていく。
さみしかった、悲しかった、つらかった。
どうしてずっと一緒にいられないんだろう。愛しいばかりではどうしてやっていけないんだろう。
どうして、どうして、どうして。
疑問と自責が僕の中を渦巻いて、苦しさに息ができなくなるようだ。
それでも、いつかこの痛みも過去になるのだろうか。
雪も、身体じゅうの情事の跡も、この気持ちも、いつか消えてしまうのだろうか。
大きな手で撫でてもらえることの幸せ、思いが伝わらないことのもどかしさ、それ以上にたくさんの幸せの日々―――
消えないで、と思う。
「誠之助、せいのすけぇ……っ」
涙は、あふれてとどまることを知らない。誠之助の存在は、僕には大きすぎて幸せで。
思い出だけをおいて行かれても、そばに彼の体温はないのに胸はあふれるばかりで。
やまない雨はないように、枯れない涙は本当にないのだろうか。もしそうだとしても、もっとずっと先がいい。
―――そうして、ひとしきり泣いた後に腫れぼったい目で見る幾分狭くなった世界が。
過去に見た色あせた世界ではなく、彼の見る世界と同じくらい、鮮やかなものであるといい。
「……僕にとってもそうだよ、誠之助」
白い雪が世界を変えるように、君と出会って僕もまた、世界が輝かしいものに変わったんだ。
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