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「―――オヤジ、」
「ん……?」
目が覚めると、視界がぼやけていた。郁の大きい手でぬぐわれ、それが涙のせいだと悟る。
「…郁、アイツ、再婚したのか」
俺はぼんやりする頭で、そう切り出した。
すると、みるみるうちに郁の顔が歪んでいく。その表情を見て、やっぱりな、と思った。
「…帰るとこ、もう俺のとこだけになったのか」
「………覚えてたの?」
「いや、思い出した」
郁は、俺の隣で不安げに瞳を揺らしていた。さっきまで俺を攻め立てていたくせに、今はびっくりするくらい子供らしい。
その視線が、昔の感覚に俺を引き戻して。
「―――大きくなったな、郁」
俺は、ぐしゃぐしゃと郁の頭を撫でた。
「………っ、やっぱ、最低…っ」
郁はそういうと、静かに涙を流し始めた。そうして、一糸まとわぬ俺に抱きつくと、ハラハラと涙をこぼし始める。
「お願いだから、もう1人にしないで…っ!お願ぃ…っ」
「オマエも知ってるだろうけどさ、俺最低だけど。それでも俺がいいのか?」
「馬鹿じゃないの…っ」
そんなの当たり前でしょ、という郁に、俺は初めて本当の愛情を感じた。
セックスをした相手にも、嫁にもこんな気持ちを持ったことはない。
暖かくて、満たされるようで。それでいて、叫びだしたいほど溢れてくるこの気持ち。
俺は相変わらず最低で。これからも最低で。
でも、コイツには俺が『傍にいる』と言わなければいけなかったのだ。そうでなければ、コイツはずっと1人で闇の中にいたのだろう。
こんな最低な奴に、まっすぐに目線を合わせてくれて。
口先だけの嘘かも知れない言葉に涙して、まっすぐ抱きついてくれた。
最低な俺にお似合いの、安っぽいホームドラマ。でも、逆にそれがいい。
世界中が驚くようなストーリーでも、全員が涙するようなストーリーでなくてもいい。
ただ、コイツが幸せになれる話であるならいい。
―――きっと俺はコイツを誰より大切にしていくのだろうと思いながら、芽生えた愛情とともに郁を抱きしめた。
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