5




「―――オヤジ、」
「ん……?」

目が覚めると、視界がぼやけていた。郁の大きい手でぬぐわれ、それが涙のせいだと悟る。

「…郁、アイツ、再婚したのか」

俺はぼんやりする頭で、そう切り出した。

すると、みるみるうちに郁の顔が歪んでいく。その表情を見て、やっぱりな、と思った。

「…帰るとこ、もう俺のとこだけになったのか」
「………覚えてたの?」
「いや、思い出した」

郁は、俺の隣で不安げに瞳を揺らしていた。さっきまで俺を攻め立てていたくせに、今はびっくりするくらい子供らしい。

その視線が、昔の感覚に俺を引き戻して。

「―――大きくなったな、郁」

俺は、ぐしゃぐしゃと郁の頭を撫でた。

「………っ、やっぱ、最低…っ」

郁はそういうと、静かに涙を流し始めた。そうして、一糸まとわぬ俺に抱きつくと、ハラハラと涙をこぼし始める。

「お願いだから、もう1人にしないで…っ!お願ぃ…っ」
「オマエも知ってるだろうけどさ、俺最低だけど。それでも俺がいいのか?」
「馬鹿じゃないの…っ」

そんなの当たり前でしょ、という郁に、俺は初めて本当の愛情を感じた。

セックスをした相手にも、嫁にもこんな気持ちを持ったことはない。

暖かくて、満たされるようで。それでいて、叫びだしたいほど溢れてくるこの気持ち。

俺は相変わらず最低で。これからも最低で。

でも、コイツには俺が『傍にいる』と言わなければいけなかったのだ。そうでなければ、コイツはずっと1人で闇の中にいたのだろう。

こんな最低な奴に、まっすぐに目線を合わせてくれて。

口先だけの嘘かも知れない言葉に涙して、まっすぐ抱きついてくれた。

最低な俺にお似合いの、安っぽいホームドラマ。でも、逆にそれがいい。

世界中が驚くようなストーリーでも、全員が涙するようなストーリーでなくてもいい。

ただ、コイツが幸せになれる話であるならいい。

―――きっと俺はコイツを誰より大切にしていくのだろうと思いながら、芽生えた愛情とともに郁を抱きしめた。





[ 34/68 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



top


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -