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――――セナくん、セナくんのお母さんはすごいね。
昔、そう言って保育士の先生は僕の頭を撫でた。
俺の母親は若名優衣子(わかなゆいこ)という女優だ。
綺麗に着飾りテレビや映画を通して国中、はては世界じゅうまで名を広め、世の中の人たちに夢を売る素敵な職業。
そんな母親だから、母親の話をすると誰もがうらやましそうに羨望のため息をついた。
でも、俺の場合は特殊で、父親が分からない。
共演した俳優の誰かと噂されているが、結婚もしていない女優に子供がいることがどれほどスキャンダラスなことだろう。
幼い俺でもそのことをよく理解していたので、自分の親を自慢するようなことは絶対しなかった。
むしろ、俺の家の事情を知り、褒めてくる大人たちが俺のいないところでどんな下世話な話をしているか、そんな恐怖と闘っていた。
―――お母さんはすごいんだから、変な噂をされない自慢の息子でいたい。絶対にお母さんに迷惑をかけてはいけない。
幼いころはそれに必死で、スキャンダルも事務所の人がもみ消してくれていたので平和に暮らせていけている。
一方で、当然だが忙しい母親は家を留守にしがちだった。
ハウスキーパーを雇っていてくれたため飢えて死ぬようなことはなかったが、幼馴染の真下の家にはたくさんお世話になった。
真下の家族はとても誠実な人たちで、俺の事情を知っても、本当の家族のように接してくれた。
『セナはもう俺の家族みたいなもんじゃん!いっそうちに住んじゃえよ!』
『あはは、ありがとう』
家族全員で誕生日を祝ったり、クリスマスも年越しも年明けも、俺をその中にいることを許してくれた。
そう、俺は恵まれていた。
恵まれているのに、どうして俺は―――寂しいなんて思うんだろう。
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