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栗林の言葉を引き金に、俺は走り出した。
栗林の言葉が冗談ではないことぐらい、ここ数日で嫌という程学んでいる。大人しく制裁を受けてやる義理も無いので、俺は必死で廊下を走った。
「右にいったぞ!」
「周りこめ!寮に帰らせるなよ!」
すぐに教室からクラスの奴らが追いかけてくる。なんとか寮の自室に逃げ切りたいと願ったが、それも難しくなりそうだ。
―――逃げ切れるのか、これ…っ!
奴らは賢い。俺を追いかけてきているのは実際2~3人で、他は俺の行き先を予測しながら、どこかで息をひそめているのだろう。
そうやって、クモが糸を張り巡らして餌を捕まえるように、俺を捕食しようとしているのだ。
星麗に来てからまだ日の浅い俺にとって、地の利は皆無に等しい。俺はなんとか自分に都合のいいスペースである―――図書館を目指した。
「はぁっ…はぁっ」
図書室のプレートを見かけ、俺は勢いよく駆け込む。一応クラスの奴らを軽くまいたものの、ここが見つかるのも時間の問題だろう。
「―――やっぱり、ここに来たね」
本棚の陰で息を整えていると、翼の声がした。俺は声のした方へ向き直ると、翼を見上げる。
「…先回りしてたのか」
「廉について、完璧な先読みは不可能だよ。まぁ、たまたま予想してたら廉が来てくれた―――そんなとこ?」
翼はそういいながら、俺の方に近づいてくる。その表情は相変わらずの笑顔で―――少し、怖くなった。
最初はへらへらして頼りない奴だ、と思ったが、どこまでも仮面のように張り付けた笑顔からは、本心が全く読みとれない。
「全部見えてたから、どうして『かくれんぼ』がはやるのか不思議だったんだけど―――確かに面白いね。見えない相手を予測して、動いて、自分の予想が当たった時はとても嬉しい」
少し興奮しているような口調の翼は、確かに嬉しそうだった。神に愛され過ぎた天才が、置いてきた感性を少しずつ取り戻しているのかもしれない。
でも、クラスメイトである翼がここにいる以上、長居は出来ない。翼は中立だから、もしクラスの奴らがここに来たら俺をかばう理由が無いのだ。
「……希望どおりでよかったな、でも、俺はすぐに出る。どいてくれ」
「今は行かない方がいい」
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