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「―――わりい、遅くなった」
「本当だよ。俺この後塾あるから先にはじめさせてもらったぜ」
「……本当はもうちょっと待って欲しかったんだけど」
「悪かったよ。でもどうせ『お手本』必要なんだから一緒だろ?」

後ろからやってきた栗林が、教室の入り口で固まった俺の横をすり抜けクラスメイトのところへ行く。

そうして、まるで世間話のように軽い調子で一言二言話すと、俺の隣にやってきた。

「―――じゃあ、藤川。翼を殴って」
「な……っ!」

にっこりと笑顔で言われ、俺はグッと拳を握って栗林をにらんだ。なんでそんなに軽い調子で酷いことを言うんだ。

「本気で言ってるのか……っ!出来るわけないだろう!」
「そう?やっぱりお手本見せなきゃダメかー」
「そういう話じゃない!」
「あのな、藤川」

怒りで真っ赤になって叫ぶ俺に向かって、栗林は言いきかせるように囁く。

それはまるで、すべて俺が悪いのだと言いきかせるようだった。

「星麗のこと、大体わかっただろ?モラルとかそういう話じゃないんだよ。殴るか、殴られるか。それだけだ」
「そんなのおかしいだろう……」
「おかしくない」
「おかしい」
「じゃあどうしてこの手はシャーペンしか握れない?シャーペンは良くてゲームのコントローラーはダメなんだ?そっちの方がおかしいじゃないか」
「無抵抗な人間を殴る方が、正常か」

翼を見ながら、吐き捨てるように呟く。翼は俯いたままで何も言わない。ただ先ほどよりも呼吸が落ち着いてきていて、息を殺して俺たちの状況をうかがっているようだった。

そんな翼を一瞥した後、栗林はまた微笑んで続ける。

「違うよ。気に食わない人やモノ、出来ごとがあったらすぐに殴る?殴らないならその我慢をどうするの?ゲームも、カラオケも、やけ食いも。およそ他の人たちが行うストレス発散も、寮にいて、勉強ばっかりの俺たちには出来ない。―――だから、ルールを決めて、きちんと発散することが、星麗の暗黙の了解だ」
「―――っ」

何度も聞いた、暗黙の了解。それを教えてくれたのは栗林がほとんどだ。

そうして、栗林は他の暗黙の了解と同じように、事務的にルールを教えてくれるのだ。

「―――『クラスでの成績最下位者が、制裁対象』。それがルール。勉強にも身が入るし、とても合理的なルールだろう?」





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