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そんな風にたわいもない会話をしながら購買の場所まで案内してもらい、クラスメイトの分のパンを買っていく。翼は全員分の食べ物を暗記していて、さすがに賢いなと舌を巻いた。
買った弁当やパンを二人で手分けをしてクラスまで戻っていくと、クラスの中から楽しそうな声が聞こえてくる。
「随分盛り上がっているようだな」
「勉強ではライバルだけど、実際は友人ってやつ?」
「随分使い古された表現だな。もっと新しい日本語が生まれてもいいと思うが」
「そこが気になるんだ?藤川君やっぱり面白いね」
クラスの扉をあけるためにパンや弁当を抱え直しながらそんなことを呟いていると、先に翼が扉をガラリとあけてしまう。
「…そんな面白い藤川君に、一言。このクラスでは俺に話しかけない方がいいよ」
ひょろりと背の高い男だと思っていたが、俺より10センチほど高いだろうか。そんな翼が、教室に入る手前で少し背中を丸めて俺にだけ聞こえるように囁く。
そして、何事もなかったかのように教室の中に入って行ってしまった。
―――あんな去り際に言わなくてもいいだろうに……
しかも、結構ヘビーな内容を。いや、ヘビーだからこそ俺に反論を許さないようにあのタイミングで言ったのだろうか。
ただの優しいだけの男ではないのだろうが、読めない男だと思いながら教室の中に入ると、クラスメイト達の視線が俺たちに集まる。
「藤川早く来いよー」
「あぁ」
待ちくたびれたかのように言う栗林たちに、俺は扉を閉めてから歩み寄る。そうして、気づいた。
俺が持っている弁当やパンはすべて、栗林たちのものであるということに。
他のクラスメイトに配らなくていいように、ひいてはクラスメイトの名前が分からない俺が翼に『これは誰のだ』と尋ねないでいいようにという配慮だろうか。
思わず翼を見れば、翼はあのへらへらした頼りない態度のまま持っていた弁当たちを配っていた。
「おせーぞ翼―」
「ごめんね」
「あ、それこっちな」
「あ、うん」
―――本当に、不思議な奴だ。
さっきまでの会話がなかったかのようにふるまう翼を見ながらそう考える。そうしていると栗林たちが昼食をとり始めたのでそれにならって弁当箱を開いた。
忘れかけていた空腹が呼び覚まされて、俺は栗林たちの会話に耳を傾けながら弁当を食べているうちに考えることを放棄したのだった。
まぁとりあえず、目下の目標は。
―――翼の名字を確認することだろうか。
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