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あれだけ俺を苦しめておきながら、当の本人は何もなかったかのように俺にあいさつをしてきた。

マフラーをしっかり巻いて、黒い手袋をつけた指で施錠をしながら、俺に深々と頭を下げる。

「先日は徴収に間に合わなくて申し訳ありませんでした。今から仕事なのですが、今からでもお渡ししましょうか?」
「…つべこべ言わずさっさと取ってこいよ、ウスノロ」
「―――はい」

あまりに自然に微笑みかけられ、俺は今までの苛立ちも合わせて辛く当ってしまう。だけど、朝比奈のガキは困ったように微笑むと、さっき施錠したばかりの家にもう一度戻って行った。

ガキの背中から見えた部屋の中は殺風景で、家財と言えるものはほとんどなかった。

前の徴収の時にあった暖房器具すら、一切なくなってしまっている。

――――もう、待つのをやめたのか。

そう、冷静に受け止める自分がいた。帰ってきたときに寒くないように、とたかれていた暖房が、一切なくなっている。

「―――今月はあまり働けてなくて、少なくて申し訳ありません…」

程なくして、封筒を持った朝比奈のガキが戻ってきた。俺はざっと中身を確認するとそれを鞄にねじ込む。

「…おい、朝比奈のガキ」
「なんですか」
「働いてない割には多いな」
「暖房器具が、思ったよりも高く買い取ってもらえましたから」
「―――――そうか」

俺はそういうことしかできずに、朝比奈のガキを直視することすらできなかった。ガラス玉のような瞳に混じる、複雑な光。

絶望しながら、それでも眩しく輝くそれから逃げるように、俺は金を受け取るとそのまま『じゃあな』と立ち去ろうとした。

「―――ヤナギさん」
「なんだよ」
「……僕は、ガキじゃありません。朝比奈雪です」

そう言われ、俺はガキ―――雪を振り返る。

もうガキではない、あのカスの子ではないという意思表示に、俺はまた『そうか』とだけ答えることしかできなかった。

雪の肩越しに部屋の中を見て、俺は今度こそ歩き始める。

雪の部屋は、雪の心そのものだ。

―――自分1人には、暖房は要らない。寒いまま、温めることもなくていい。

親の愛なんて、形のないものに縋ることをやめた子供の悲しい姿を形にしたような部屋に、俺のかすかな良心が痛んだ。

そうして―――静かに誓う。

絶望を見せたのは、俺だ。もしアイツが希望なんて手にすることがあったなら。

―――もう一度心から輝く瞬間を、静かに見届けよう。





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