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ピアノの前に立った瞬間、たくさんの拍手に包まれて俺は素直に微笑む。

聞きに来てくれてありがとうと、客一人一人の手を握って感謝を述べたいくらいの気分だった。

壇上の上からそんなことは出来ないから、俺はいつもの形式ばった礼よりも少しだけ長く、一礼した。

顔をあげて、薄暗がりの中から客席にナオの姿を見つけて、俺はさらに笑った。

―――緊張しすぎだろ、アイツ。

ナオは、まるで親のような表情で、はらはらと様子をうかがっていた。

スーツでこそなかったが、少し高級感のある黒のシックな衣装に身をまとっていた。いつものラフな格好じゃないナオも新鮮だったが、緊張しているのも相まって想像通りの七五三だった。

それでも、俺を見た瞬間ホッとしたように緊張が緩んだのが分かって、頭をぐりぐりしたいような庇護欲が心にともった。

そんなあったかい気持ちを胸に抱いて、俺はピアノの前に座り、小さく深呼吸をする。

個性とか、独創性とか、作者の心情とかが尊重される音楽の世界で。

―――もし、誰かのために音楽を奏でることが許されるなら。

自分の世界観を壊してでも、このコンサートはナオに伝えたかった。俺の気持ち、ナオへの感謝、―――いろんなことをひっくるめて、成長した自分をナオに一番に見て欲しかった。

俺は鍵盤に指を乗せると、溢れんばかりの気持ちを音楽に乗せた。

―――ナオ、これが俺の答えだ。

ナオが居るであろう場所を見ながら、俺は微笑む。

結局俺は、ピアノを選んだ。ナオがともに進んでくれるなら、きっとピアニストでなくてもよかったのに。

でも、心が叫ぶんだ。

このもどかしいくらい、言葉に出来ないくらい溢れる気持ちを、ピアノを通して伝えて行くから。

―――これからも、俺とともに歩んで欲しい。

三曲ほど弾いて、休憩をはさんでもう三曲弾いて。

―――そうして、最後の一音まで奏でた後に俺を待っていたのは、割れんばかりの拍手だった。

心地の良い充足感。すべてを出し切って、息が上がっている。それでも、この疲労感がいい。

俺は立ちあがってもう一度一礼をすると、俺をたくさんの拍手が包んでくれる。

その温かい歓迎に、俺は一つ涙をこぼした。嬉しいのと、満足なのと、幸せな気持ちで。

温かい気持ちのみで凝縮された涙に、また観客の拍手が大きくなる。

ナオを見れば、ナオも泣いていた。それでも、俺を見ると俺の好きな笑顔で笑ってくれた。

「……ありがとう」

誰にも聞こえないと知りながら、俺は涙声で小さく呟いた。

伝わっただろうか、俺の気持ち。全部全部、ナオにやるよ。

―――だから、これからもずっと、俺の傍にいてくれないか。





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