決別の夜
―――それから、昴君の『今回だけ』が続いて、夕飯後に一緒に過ごすのは日課のようになっていった。
ほかに変わったことと言えば、俺がレッスン中に部屋に入って行っても怒らなくなった。
熱中するようにピアノを弾いているため、気が散るということはないらしい。
むしろ、大きなコンサート会場を満席にしてしまうほどたくさんの人の前で弾いているのだから、たった一人くらい別に構わないのかも知れない。
最初ほど汚れがなくなってしまったので、掃除をしたらすぐにヒマになってしまう。
その間、昴君の部屋に行ってピアノを聞いて、昴君が『腹減った』と言えば夕飯の用意をする。
同じ家にいるはずなのに、ほとんど顔を合せなかった以前とは大きく違う。
隙を見つけて俺が話しかけるだけだった一週間前とは、全く別の空間にいるようだった。
今日もご機嫌で夕飯の準備をしていると、後ろから昴君が近づいてきた。
「―――今日何?」
「麻婆豆腐だよ。……っていうか、近くない?」
「気のせいだ」
昴君は俺の後ろにぴったり張り付いて、そこから動こうとしない。もう火も包丁も使っていないので別に危なくはないが、どうも落ち着かない。
というか、ぶっちゃけなんだか照れくさい。
昴君は俺よりも体温が高くて、傍にいると嫌でもあの情事を思い出してしまう。
もう笑って流せるようになった過去ではあるけど、だからと言って積極的に思い出したいわけではないのに。
「―――何?気になる?」
―――確信犯だ。
振り返って、昴君の顔を見て確信した。
俺が恥ずかしがっているのを知って、わざとやっているのを見て、俺はむっとむくれた。
昴君は、やっぱり意地悪なのだ。
優しい一面も、素直じゃない一面も知ったけど。
だからと言ってからかわれることが減るわけでもなく。
「ていっ」
「った、」
俺は昴君の足を軽く踏んで、わざとらしくため息をつく。
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