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Side 昴
―――無理矢理犯して、分からせてやれば変わるだろうと思った。
だけど、現実はちっとも変ってなかった。
「―――あ、こんにちは」
「………」
ピアノを弾く休憩がてらコーヒーでもいれようと一階に下りれば、ナオがいた。実際声に出して呼んだことはないが、名字を覚えてないので便宜上名前で呼んでいる。
「コーヒー入ってますよ」
ナオは掃除をしていた手を休めると、そう言ってキッチンに消えた。もう通い始めて一週間もたつので家の作りは完ぺきに把握してしまったらしい。
そう、一週間だ。
ナオがここにきて、俺がナオを犯してから一週間が経った。
それなのに、ナオは俺に怯えることもなく、逃げることもなく、怒り出して訴えることもなく、相変わらず家政夫の真似事をしている。
それどころか、ニコニコと馬鹿みたいに笑ってコーヒーを差し出してくるヤツを見て、内心俺はげんなりしていた。
「……オマエ、何なの?」
分からせたかった。俺が本気でなかったことを。遊び程度にしか感じていないし、ナオが嫌いなのだということを。
だけど、気がつけば俺の方が分からなくなっている。
ナオがどうしてここにいるのか。カメラやデータのことだけなら言われたことをしていればいいだけなので、コーヒーをいれたりせっせと俺の世話を焼く必要はない。
逃げなかったとしても、ただ空気のように掃除をしていればデータは帰ってくるのに。
―――俺にかまおうとする気がしれない。
リビングのソファーでコーヒーをすすりながら言うと、ナオはよくわかっていない顔をした。
きょとんとされて、さらにイライラが増す。
「オマエさ、普通じゃねえよ。無理矢理犯されてなんでそんな顔してる訳?さっさと訴えるなりなんなりすればいいじゃねえか」
「――――怒ってますよ、十分」
俺の言葉に、ナオは短くそう返した。そうして、小さくため息をつきながら続ける。
「でも、俺はあなたの音楽に興味がある」
ナオはそう言って、俺の方を見る。黒い瞳にのぞきこまれて心臓が跳ねたが、コーヒーをすすって何でもない風を装った。
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