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「―――撮影、ですか?」
―――ある日の昼下がり、機材の搬入を終えた俺、高瀬直(たかせなお)は師匠に呼び出されていた。
俺はカメラマン見習いで、雑誌の専属カメラマンをしている師匠のところに弟子入りしている。
今年成人したばかりでなれないことも多いが、なんとかやっていた矢先。
おもむろに師匠から渡された紙に、俺は目を丸くした。
そこにあったのは、撮影を要望する旨が書いてある依頼書だったのだ。それに一通り目を通して、俺は困惑交じりで師匠を見つめる。
「……俺、単独って書いてるんですけど」
「嬉しくないのか?」
「嬉しいですけど…」
初めてもらえた単独の仕事だ。緊張はあっても嬉しくないわけがない。
しかし、この仕事には不可解な点が数点あった。
まず、相手が有名人すぎる。
そこにあったのは、『朝倉昴(あさくらすばる)』という名前だった。
朝倉昴と言えば、世界的にも有名なピアニストである。若干16歳ながら海外に留学し、世界の有名コンテストで優秀賞を総なめにしている期待の新生だ。
幼いころから様々なテレビや雑誌に出演し、幼いながらにしっかりしたモノ言いと、凛としたたたずまいから国民的人気も根強い。
「なんで俺が、こんな人の撮影に?もっと経験積んだ他の人がいいんじゃ」
そんな人の撮影に俺が選ばれる理由が分からない、と首をかしげていると、師匠は深いため息をついた。
「…最近取材の評判がよくなくいんだよ、朝倉昴。ちゃんとライターはつけるんだが、あまり相手を刺激したくないんだよな。リサイタル前で神経質になっているみたいだし、年の近いオマエが選ばれただけだ」
「はぁ……」
「年が近くてよかったじゃねえか。初仕事がこんな大仕事だ」
「…でも、これ掲載される雑誌が違いますよね」
そうして、もうひとつ不可解な点がそこである。
俺が師匠とともに担当してきたのは、青年向けファッション誌と、不定期発行の旅雑誌。それからティーンズ向けファッション誌と、美容会社の宣伝用撮影である。
しかし、この仕事をして、掲載予定の雑誌は、当然ながらクラシック誌。
完全なる畑違い感がぬぐえなくて、俺は不信感を感じながらそう問いかけた。
「発行するのは同じ会社だからいいじゃねえか」
「でも…俺、全く経験ないのに」
「経験なかったら仕事断るのかよ。甘えんな」
師匠にバッサリ言われ、俺は言葉に詰まる。
確かに、師弟関係を築いてはいるが、俺の立場は一応契約社員である。俺は会社に従う必要があり、会社が選んだことなら文句は言えないのだが。
「……分かりました」
不安しか感じられない撮影に、思わずため息が出てしまう。
そうして、俺の初仕事は幕を開けたのだった。
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