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そう言って、ネクタイピンにキスをする冬慈さんに、涙が溢れて止まらなかった。
―――待ってる、そう言ってくれた。
『―――以上、現在遠距離恋愛中だという恋人に対する恒例メッセージでしたー。それではまた来週!』
キャスターがそんな風に締めくくる声すら、遠くに聞こえてくる。
僕の頭の中は、冬慈さんでいっぱいで。
―――待ってくれてるんだ、僕が、帰るのを…。
帰らなきゃ、という気持ちが、僕を突き動かす。
どこにいるかわからない僕のために、苦手なテレビにも出てくれて、いつもあんなふうにメッセージを残してくれて。
これ以上なく、愛してもらえて、幸せだ。
僕があそこにいる意味が分からなくなったなら、聞けばいいのだ。
ヤナギさんに聞いてみよう。
そうして―――ちゃんと話してみよう。
もう一度、信じてもらえるように、誠心誠意。
また、外で暮らしたいのだと。
それでも、きちんと親の尻拭いはするつもりだということを―――
「―――よぉ、お出かけか?」
ふらふらと、組に戻れば、ヤナギさんが玄関で立っていた。
「ヤナギさん……話したいことがあります」
「へぇ?その前にお帰りなさいぐらい言ったらどうだ」
「あの―――」
そう言ってヤナギさんに歩み寄ろうとしたところで、膝が崩れた。
がくん、と力を失くした僕に、ヤナギさんが驚いたように近づいてくる気配がする。
無理もない、犯されている間、満足に食事もとっていなかったのだから。
そして、腕に気を取られていて気付かなかったけれど、お腹がズキズキと痛む。
激しく殴られたのだし、中で出されて処理が遅かったせいもあるかもしれない。
「おい、雪―――雪っ!」
あまりの痛みに、僕はお腹を庇うようにして丸まることしかできない。
吐き気がすごくて、視界に靄がかかったようになっている。
むかむかと気分が悪く、耐えきれなくて僕はその場に吐いてしまった。
「雪っ!しっかりしろ!」
切羽詰まったようなヤナギさんの声が聞こえたかと思うと、そのまま抱きあげられた。
「っくそ、―――オイ、医者を呼べっ!」
そうして、僕の名前を呼び続けるヤナギさんの声を聞きながら、僕は意識が遠のくのを感じた…。
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