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急に辞めてしまって、迷惑をかけただろう。あまりに突然過ぎて、ユウイチさんあたりは不思議に思っていたかもしれない。
それでも、僕はあのホテルで働けたことを、とても誇りに思っている。
バーの人たちも、変に思っているだろう。でも、店長が作ってくれた賄いの味や、ユウキさんの笑顔、シンジさんの呆れたような顔はこんなにも簡単に思い出せる。
みんなのことを思うだけで、ずっと心があったかい。
―――何だ、僕はもう、愛を知っているじゃないか…
タツミさんが教えてくれた、親愛の情。向けられる好意が、こんなに幸せなものなのだと、僕は知っているではないか。
自然と笑みがこぼれてきて、力が湧いてくる。
すっかり日が暮れて、庭の先が見えなくなってきたころ、なんとか最後の仕事を終えて、僕は屋敷の中に戻る。
一番最初に会った人に声をかけると、露骨に嫌な顔をされたが、ヤナギさんに話を通してくれた。
「若頭の部屋に行け」
「はい…でも、場所が分からなくて……」
「はぁ?俺がそこまでしてやる義理はねえよ」
「…すいません」
不快感をあらわにされ、僕は頭を下げることしかできない。
さっきの人が報告に向かった方向へ歩き、いろんな人に話を聞きながらヤナギさんの部屋につけば、ヤナギさんは浴衣でくつろいでいた。
ヤナギさんは外を歩くとき、一般人に刺青を隠すため長袖がほとんどだ。
だから、無防備に前をくつろげて袖をまくっている姿は、どこか新鮮で慣れない。
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