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「そんなこと言うなよ。―――こうすれば、距離はゼロじゃないか」
「あ……」

嗅ぎ慣れた、優しいフレグランスの香り。包まれただけで安心するそれに、僕の身体の震えは消えてしまっていた。

「出会わなければ良かったかもしれない、でも―――俺達は出会って、ここでこうしてゼロの距離で抱きしめあえる。これだけ近くにいて、俺は雪を誰よりも知っているつもりだよ」
「そんなこと―――」
「ある。お前が思っているよりずっと、俺はお前のことを知っている。……なんなら、お前の考えていることを当ててもいい」

そう言って、僕の額にキスをくれる。その温かさに、また涙が溢れた。

「…でもな、雪が望んでいることを言ってくれないと、雪が自分で選んだことにならない。誰かに押しつけられてしまっては、本当の幸せではないと思うんだ。だから―――言ってくれ、雪。そうすれば、俺は持てる力すべてを使って、お前の言うことを聞くよ」

―――何でも、なんて。

きっと、僕は今、どんな童話の主人公よりも幸せだ。大好きな人に、こんなに真剣な眼をして、こんなふうに言ってもらえるなんて。

そう思えば、また涙が溢れてきて、とどまることを知らない。

崩壊した涙腺のままに、僕は笑った。

「……おかしいですよね、22にもなって、まだ親離れできていないなんて」
「親が放したがらなかったのさ、雪がいい子過ぎるから」
「ふふ……親離れは、自分の力でしたいです」

僕はそういうと、部屋にいったん戻って、あの日渡せなかったネクタイピンを持ってタツミさんのもとへ戻る。

「…僕は、これからしばらくタツミさんとあえなくなると思います。…でも、お金を返して、本当に親離れできたら――僕が幸せになるために、会いに行ってもいいですか?」

そういいながら、渡せなかったネクタイピンを差し出す。今度は、心の底から笑うことができた。





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