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ヤナギさんのいうことは本当かも知れないが、それもゆるぎない事実だ。
もう迷ったりしない、と心の中で感じていると、冬慈さんが僕を見ていった。
「小宮と知り合いだったらしいな」
「はい。以前バーにいらしてて。店の前で会っただけなんですけど…」
「……あいつもクソ真面目だな」
ちょっと苦笑したような冬慈さんの言葉に、僕は首をかしげる。何のことかわかっていない僕に、冬慈さんはさらに苦笑した。
「あいつ今かなり悩んでるからさ、年も近いし、愚痴る様な事があったら相談に乗ってやってくれないか?」
「………はい」
意外だった。あんなに上品な雰囲気を持った大人の人でも、悩むことがあるなんて。
冬慈さんのいうように、真面目すぎて思いつめているのかもしれない。
僕はそう納得して、大きく頷いた。
「よし。…じゃあランチに行こう。駅前のいい店を知ってるんだ。1人で食べるのは辛いから、奢らせてくれ」
奢りの言葉に少し申し訳なくなりながらも、少し回復した身体は食事を求めていた。
ここはお言葉に甘えようと頷くと、冬慈さんは僕の好きな笑顔で笑ったのだった……。
―――それから採用が正式決定したのが翌日のことで。
その次の日にはすぐに出勤することになった。
最初は慣れないだろうから、というタツミさんの計らいでワンフロア―のみを任され、そこのシーツの張替えや、ごみの処理、部屋のクリーニングを行う。
馬力の強い大きな掃除機に関心しながら、言われた通りにこなして小宮さんを呼びに行った。
このホテルの管理者はタツミさんだが、フロアチーフは小宮さんになるらしい。二人とも若いのに本当にすごい。
小宮さんに言われたのは、仕事のチェックをしたいから終わったら呼ぶように、ということで、僕は業務員用エレベータを使って小宮さんを呼びに行く。
程なくして現れた小宮さんはフロアーをひとしきりチェックした後、『合格です』と笑った。
「よく頑張りましたね。細やかなところまで配慮が行き届いていて申し分ないです」
「ありがとうございます」
「次からフロアー数を増やしますが、大丈夫ですか?」
「はい」
「いいお返事です。…今日の勤務は終わりですが、少々お待ちください」
小宮さんはそういったかと思うと1階に戻り、しばらくして帰ってきた。手には紙が握られており、僕はそれを受け取る。
「パートタイム、という雇用形態ですから、週3回から5回は出ていただきます。もし不都合な日程がありましたら、1週間以内に連絡ください」
「はい、ありがとうございます」
「それと……ささやかですが」
「えっ」
そう言って差し出された小宮さんの手には、ランチバックがあって僕は目を丸くする。
それを受け取って中身を見れば、それはサンドウィッチのようだった。
「…カフェの試作品をいただいてきました。よろしかったら食べてください」
「何から何まで……本当にありがとうございますっ」
嬉しくて、僕がぺこりと頭を下げると、小宮さんは『大したことはありません』と苦笑した。
「俺も今から休憩に入りますので、どこかで一緒に食べませんか?」
「はい、ぜひご一緒させてください」
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