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「…分かりました、行ってきます。店長に夜食のサンドウィッチ作ったんで、忙しくなくなったら食べてください」
僕はそれだけ伝えて、1番席に向かう。
先輩たちからの冷たい笑いの中を抜け、途中何回か足を引っ掛けられながら1番につくと『ヒナです。失礼いたします』と声をかけて扉を開けた。
「……っ!ヤナギさん…」
そして、そこにいる見知った人物に、僕は言葉を失う。呼ばれた男―――ヤナギさんは片頬でニヤリと笑うと、短く命令した。
「―――入れ」
「っ、失礼します…」
僕は言われるがままに中に入ると、ヤナギさんはふかしていた煙草を灰皿に置き、上から下まで僕を観察した。
―――僕は、この人が苦手だ。
ヤナギさんは、父が借金をした組の若頭だ。6年前はまだ下の方だったので僕のところまで借金を取りに来ていて、のし上がると同時に僕を売り飛ばした張本人だ。
僕が知っているもう一人のヤクザさんとは大違いで、虫けらをひねりつぶすように僕をいたぶっているというのだ。
本人の前で堂々とそう言い、こうして顔を出してくるのだから、彼の神経のずぶとさがうかがえる。
「…相変わらず、俺が来ると嫌な顔をするよな。昔馴染みで来てやったっていうのに」
「嫌な顔なんて、してませんよ」
「嘘つけ。テメェは自分の残念な顔も把握できてないのか」
そう、僕はもう彼の管轄ではないというのに、彼は気まぐれを起こしては僕のところへやってくるのだ。
そして大抵、ろくなことがない。
「…売り飛ばされて、どこまで汚れたよ、テメェ。どっちの口もチンポはめてもらったか?」
「それでしたら、間に合ってます」
隣に座った僕の頬をグイッと持ち上げ、至近距離で凄まれる。僕はできるだけの無表情で、ヤナギさんを見つめ返した。
ヤナギさんはそんな僕を見返して、あざけるように笑う。
「―――へぇ。の、割には幸せそうなツラしてんじゃねえか。誰かにオンナにされたか?」
「………されてません」
「だよなぁ。――オマエの人生に、『幸せ』なんかあっちゃいけねぇもんな」
一瞬、タツミさんの顔が浮かんだが、僕はあの人のモノになったわけではない。もらってくださいと言ったところで熨斗(のし)つけて返されそうな見た目だというのは百も承知だ。
――だからこの気持ちは、言うつもりもない。
そう心に決めているから、きっと無表情は貫けていたと思う。
しかし、ヤナギさんは相変わらずのニヤニヤ笑いで僕を見ながら、一枚の紙を取り出した。
そこに書かれている文字に、僕は言葉を失った。
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