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「言い返せよ。俺が嫌な奴になるじゃん。さっきだってさ、店長に言わなきゃ仕事背負う必要もなかったのにさ」
「そんな……」
眉根を寄せて僕を見るユウキさんに、僕は言葉を選びながら自分の気持ちを口にした。
「僕は、まだ仕事も分からないし、教えてもらえるうちに覚えてしまおうと思っただけです。……それに、ユウキさんの手が、とても綺麗だったから」
僕はユウキさんの手元を見ながら、素直に思う。
指先まで透き通るような白さで、爪もまるで桜貝のよう。指先までのびる骨格が見えて、男の手であることはわかるのだけれど、それが逆にユニセックスな色気になっている。
さっきユウキさんの手を見たとき、うらやましいとさえ思ってしまったほどだ。
「あ、手が荒れるってやつ?あれ嘘に決まってるじゃん。まだ信じてたわけ?」
「いえ…そうじゃなくて、僕は綺麗な手だと思ったから、大事にしたいと思っただけです」
どこもかしこも綺麗で、魅力的なユウキさん。
貧相な僕だからこそ、あこがれの気持ちが強いのかもしれない。
「オマエ……やっぱ嫌い」
僕がそういえば、ユウキさんはそう言ってそっぽを向いてしまった。その耳が赤くなっているのが見えて本音ではないことを知り、安心する。
「俺がそんなに弱いわけないじゃん。……本当は俺、タチなのに」
「え?」
「だーかーらー、この顔のせいでネコだと思われてるし、実際ネコしかさせてもらえたことないけど、本当はタチなんだって」
「いえ……あの、タチとかネコとかって、なんですか?」
僕がそういうと、ユウキさんは豆鉄砲を食らったような顔になった。
タチが太刀で…ネコは…猫でいいのだろうか?そうだとしても関係性が見えない。
うーん、と首をかしげているとユウキさんは突然腹を抱えて笑いだした。
「はっ、あははははははっ!オマエそれが素かよ!?いくらなんでも無知すぎだろっ!!」
「え、いや、あの」
レタス片手におろおろしている僕はさぞかし滑稽だろう。だけど、店長さんは店の外を掃除しているし、この光景を笑うものはいない。
ひとしきり笑った後、ユウキさんはさらに続けた。
「あー笑った。……知りたいならさ、今日のアフター俺の相手な。まぁないだろうけど百万が一お客様に誘われても『先約がありますので』って断れ」
「……はい」
まだまだ納得がいかないことがあったが、僕は教えてくれるという言葉に甘えて頷いた。
それを確認した後、ユウキさんがさらに続ける。
「オマエただのゲテモノじゃないよな。…ヒマな時は相手してやるよ」
そう言って、ご機嫌な顔でタマネギのスライスを始めるユウキさんに、僕は首をかしげた。
機嫌を損ねているわけではなさそうだし…気に入ってもらえたと前向きに取っても大丈夫だろうか。
レタスの仕込みが終わり、キュウリのスライスを始めたころにはユウキさんの言葉がじわじわ浸透してきて、僕は嬉しさに一人小さくほほ笑んだのだった。
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