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「―――ヒナっ!モスコミュールっ!」
「はいっ!」
―――あれから3カ月がたった。
僕はバーにもホテルにも復帰することができて、相変わらずユウキさんにこき使われている。
帰ってきた僕を、みなさん暖かく迎えてくれて、僕は嬉しくてまた泣いてしまった。
ユウキさんは悪態をついていたかと思うと、僕を抱きしめながら泣いてくれて、どれだけ心配してくれていたかがうかがえた。
ユウイチさんもシンジさんも、僕を弟のように思ってくれていたらしくて、突然いなくなったことを叱られたけど、それでも最後は優しく抱きしめてくれた。
そうしてやってきた、前と変わらない日常。
だけど、小さいことだけど、大きな変化がやってきた。
僕は、冬慈さんと一緒に住むことになったのだ。
僕はこれから生きていく中で、看護師になりたいと思った。
そうした時に、大検の資格をまず取らなければならなくて、勉強を迫られた。中学まではそこそこの成績だったけど、ブランクは長く、1人ではどうにも難しくて。
冬慈さんが勉強を見てくれることになり、気がつけば僕の荷物は冬慈さんの家にすべて移動していた。
引っ越しを手伝わされた店長が不機嫌そうだったけど、僕はこれ以上ないくらい恵まれていて、幸せだと思える。
今日も仕事が終わってまっすぐ家に帰り、家で勉強を始める。
数学は、意外と好きかも知れない。答えがはっきりしているのが、何とも単純明快で面白い。
そうして問題集に没頭していると、ガチャリと扉が開く音がした。
「―――お帰りなさい」
「ただいま、雪」
僕が玄関まで迎えに行けば、冬慈さんが優しくほほ笑んでくれる。
そんな些細な幸せに、僕の心はあったかくなる。
「知り合いのディレクターに『最近テレビ露出避けてません?』と言われてな…飲みに付き合わされるところだった」
「連絡をくだされば良かったのに」
「冗談じゃない。俺は早く帰りたかったんだ。そうしたら『最近遠距離じゃなくなった彼女が待ってるんですか?』と聞いてくるから、『そうだ』とだけ言って帰ってきた」
「もう」
くすくすと笑いながらキッチンに向かい、夕飯を温める。
―――こんな幸せがずっと続けばいい。
どんなに辛いことがあっても、僕はまた頑張れる。
僕はこの人が大好きで、その気持ちだけで、どこまでも行けるのだから。
疲れたようにスーツを脱いでいるその愛しい背中に、僕は小さく呟いた。
「―――冬慈さん、大好きです」
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