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僕が制止の声をあげると、二人は僕を見てくれた。

痛むお腹を支えながら起き上って二人を見ると、僕はヤナギさんに向かって頭を下げた。

いわゆる土下座の形にお腹が悲鳴を上げたが、構わず口を開く。

「―――玄関の前でいいそびれたことを言わせてください。……僕は、冬慈さんの傍に帰りたいです」
「雪……」
「お金は、ヤナギさんの言い分だけ、何年かかっても必ず返します。誓約書を書いてもいいし、違反したら僕を殺してもいい。でも―――僕自身の願いである、冬慈さんの傍にいることを許してください」

慈悲を請うように、ヤナギさんを見上げる。

ヤナギさんは僕をじっと見つめていて、僕も目をそらすことなくまっすぐに見つめる。

「…父親が死んだこと、僕も人伝いに聞きました。僕が今まで生きて来た意味を失った今、僕はまた、僕の生きる意味がほしいんです」

僕の心は、ずっと誰も帰ってこない部屋の中で、誰かが扉を開けてくれるのを待っていた。

それを、冬慈さんが外から何度もノックしてくれていた。

『出ておいで』と言う言葉に、僕は今なら扉を開けられる―――

「……ふざけんじゃねえぞっ」

ヤナギさんはそういったかと思うと、僕の胸倉をつかむ。

「雪!」

冬慈さんの声が聞こえて、僕は衝撃に耐えようと思わず目を閉じる。

しかし、殴られる様子はなく、唇に温かいものが触れた。

「――――っ!」

驚いて目を開ければ、ヤナギさんの顔が目の前にあって、僕は言葉を失う。

一瞬のような、永遠のようなキス。

ヤナギさんとキスをするのは初めてではないけれど、こんなに色を感じさせないキスは初めてだった。

「―――勝手にしろっ。組の奴らはシメといてやる」
「ヤナギさん…っ」

キスが終わると同時に突き飛ばされ、そう短く宣言される。そうして病室から出て行ってしまったヤナギさんを見守りながら、僕は驚きに目を見開くしかなかった。

―――ヤナギさんが、認めてくれた。

勝手にしろ、なんて冷たい言葉だけど。僕のしようとしていることを、認めてくれた。

「冬慈さんっ!」

嬉しくて、僕は冬慈さんに手を伸ばす。

冬慈さんは、ベッドから出られない僕を、優しく抱きしめてくれた。

「―――雪、おかえり」
「かえってきました。―――ただいまです」

僕は冬慈さんの肩に頭を擦り寄せながら、満ち溢れる幸福感に目を閉じた。

――誰も帰ってこない、寒い部屋。

待っているだけは、きっと楽かもしれない。

何もしないでいいのだから。

でも、勇気を出して、扉を開ければ。

―――暖かな春が、僕らの門出を祝ってくれている。





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