「千歳くん」

甘ったるい声に呼ばれて千歳は振り返った

「どげんしたと?」

優しい声をかければ声をかけてきた少女は逞しい千歳の腕に細い手首を引っ掛ける
指先からふわりと人工的な甘い香りが漂ってきた

「今日、ひまぁ?」

わざとらしい舌っ足らずな喋り方に苦笑する
馬鹿っぽいのはあまり千歳の好みではない

「すまんばい、今日は部活とね」

スルリと千歳は彼女から腕を抜き取った
女は不機嫌そうに頬を膨らませる

「じゃあぁ、」

女がグロス塗れのぽってりとした唇を再び開いたその時だった

「千歳千里!!!」

凜とした瑞々しい声だった
名前を呼ばれた千歳だけでなく辺りにいた生徒全員が声の方を振り向く
美しい少女だった
ミルクティ色の髪を風に靡かせ、スラリとした腕を腰にあて、真っ白な足を短いスカートから伸ばして立っている
その瞳に強い力を宿して
少女はツカツカと千歳に歩み寄るとギロリと睨んだ

―――バシンッ


「大っ嫌い!!」


少女はいきなり千歳の頬を思い切り平手打ちするとそう高らかに叫んだ
そしてまたツカツカと歩きながらテニスコートの方へ消えていった



「千歳くん…?」

名前を呼ばれて千歳はやっと我に帰った
当たり前だが見ず知らずの女に大嫌いなど言われたのは初めての経験であった
それ以上に千歳は誰かに見とれた事が初めてだった
いきなりあんな事を言われあまつ叩かれて、本来なら腹が立つ位が普通であるのにそんな気は一切しなかった
ただよくわからないが彼女だけが頭の中をぐるぐる回っていた

「どげんしたんやろ」

目の前の女など千歳の中から消え去っていた