忍足先輩に一番近い女の子だって自負してた
うん、してた






「寒い…」

濡れた制服に包まれた腕をさすって身震いする
先ほどまでのお腹と頭の痛みは段々と退いてきていた
どうしてこうなったのかといえば休み時間に見知らぬ女子生徒に声を掛けられたのが事の始まりである
忍足先輩からの伝言と言われ今はめったに使われていない第一音楽室前に呼ばれ、ついたら連絡するようにいわれたので携帯から忍足先輩に電話をかけようとしたらいきなり後ろから強く押され開かれた音楽室に転がり込んだ

「なんでアンタなんかが忍足先輩と…!!」

振り返ったそこにいたのは先ほど忍足先輩の伝言をうちに伝えた女子(まぁ嘘やったんやろうけど)とそのほか数人
それからうちは一方的な罵声と暴力を浴びたあげく頭からバケツ二杯分の水をかけられここに閉じ込められた
ましてここは通常教室のない四階でこの教室を含めほとんど物置とかしているような教室しかなくめったに人は寄り付かない
あれからどの位の時間がたったのか、この部屋にある時計は止まっているし携帯も取り上げられてしまいそれすらわからない

(せっかく…お弁当作ってきたんに…)

また一つ身震いをする。この季節にこの格好は最悪である
それに加え打撲とは違う頭の痛みも感じる
クラリ、と目の前が、揺れた





「あ、忍足先輩」

振り返ればそこにいたのは見知らぬ女子生徒
その呼び方をあの子以外の女の子にされたのは久しぶりだった
でも、あの子とは声の高さが違う、イントネーションが微妙に違う、言葉尻の息継ぎが違う。比べるのはよくないって思う。でも生理現象のようにそう頭が動いてしまうのだ

「財前さんが、今日いっしょにお弁当食べられないそうです」

「あぁそうなん?なんやわざわざ悪いなぁ」

メールすればいいものを、何故だろう
しかしそれすら気にならない程に俺は落胆していた
それから、隣の白石の眉間の皺にも

「なぁ」

ふと、その白石が口を開いた

「それ、見せてもらえへん?」

聞いときながら有無を言わさず白石はその女子生徒のポケットにあった携帯電話を取り出した
全体が鮮やかな黄緑色で星マークのデコシールと流れ星がモチーフのストラップのついたそれは

「光…の??」

「あっ…駄目!!」

白石がパカリと携帯を開いた。そして閉じる

「これ、どないしたん?」

「ひ…拾ったんです」

「いつや?」

「一限の…移動教室の時」

女子生徒がうつむきながらばつが悪そうにモゴモゴと答える
睨みを効かせる白石の迫力は凄まじい

「ちょい待ちや、」

そこで俺は違和感を感じた

「一限の移動教室ん時っておかしゅうないか?」

「どないしたん謙也」

白石がこちらを向いた

「やって、今日の光ちゃんのクラスの一限は古典やってぼやいとったからお嬢ちゃんが一限の移動教室でそれ、拾う筈ないとおもうんやけど…」

朝の会話を思い出す。朝から苦手科目だと嘆いていたあの子を

「朝、教室行くまでに落としたんちゃうですかね?」

女子生徒が軽く後ずさった

「んな訳あらへんわ、やって一限前に光ちゃん俺にワン切りしてんやもん」

ビクっと女子生徒の肩が震えた

「あの女…あの時…」

小さな声で言ったそれを聞き逃す訳がなかった

「アンタら、光をどないしたん!?」

白石が勢いよくつかみかかろうとするのを肩を掴んで制止させる

「放せっ謙也!!」

「落ち着きい白石」

俺は女子生徒達をみた

「なぁ…光ちゃんになんかしたん?」

女子生徒が再び肩を震わせる

「お…忍足先輩があの女ばっかり構うから…!!」

ドンッ…!!

「なぁ…お嬢ちゃん」

俺は握り拳を女子生徒の横の顔に叩きつけた
大きな音に驚いた生徒達がチラホラとこちらを見るが知ったこっちゃない

「俺な、ほんまに大事な子の為やったら女の子にも加減出来るかわからへんで?」

女子生徒が泣いて腰を抜かしても、そんな事、気にしていられなかった







「光ちゃん!!」

名前を呼ばれた事で今まで意識が飛んでいた事にはじめて気がついた
ぼやける視界にまばたきを繰り返す

「忍足…先輩??」

ポツリ、無意識に視界に映った人の名前を呼べば真っ赤になった瞳で力強く抱きしめられた

「良かっ…た」

あぁ、これは夢なのかもしれない。そうぼんやりと思った
忍足先輩のワイシャツがうちのびしょびしょの髪や制服に触れて濡れてゆく
あかん、と思って押し返そうにも腕に力が入らなかった
ようやくはっきりしてきた視界を凝らせばうちの肩には忍足先輩の学ランが乗っていて、忍足先輩の向こうには白石部長と千歳先輩、それにうちをはめた数人の女子生徒

「光ちゃん」

再び名前を呼ばれて解放された。少し名残惜しくて思わず掴んでしまったワイシャツを慌ててはなす

「ごめんな、光ちゃん」

「お…忍足先輩は悪ないです」

眉を下げて泣きそうな顔でうちの頭を撫でる。そんな顔されたら、うちが泣きたくなる。別に忍足先輩がなにされた訳とちゃうのに、どうしてこの人はこんなに優しいのだろう

「あんな、光ちゃん」

「はい」

「お願いがあんねん」

「お願…い?」

忍足はキュとうちの両手を握った
思わずビクリとして少し震えてしまったが忍足先輩は気にしていない様だった
ただでさえ冷たいのに水被ってさらに冷たくなったうちの手に忍足先輩の手はすごく熱くてその分リアルに忍足先輩を感じて心臓がバクバクする
忍足先輩が小さく息を吸った

「光ちゃんの事、俺に守らせてくれへん?」

「……え?」

忍足先輩がうちを見る目は本当に真剣だった
テニスをしている時の様に犬みたいなまん丸な目をさらに大きく見開いてうちを見とる

「守りたいねん、光ちゃんの事…大事やから」

「…………嘘」

うちの目からボロボロと涙が溢れてきた。嬉しいんだか悲しいんだかも混乱してしまって解らない

「嘘やないよ、大事なん…光ちゃんの事大好きやから」

「おした…り、せんぱ……!」

思わず忍足先輩に抱きついたら受け止めて抱きしめてくれた。うちはその忍足先輩の胸でワンワン子供みたいに泣いた。これは幸せだからでてる涙なんやって、その時わかった


「ちゅー訳で、つぎ光に何かしでかしたらシバくかんな…」

忍足先輩が振り向いて聞いたことない位低い声でそう言うと女子生徒がか細い声で返事をしてから白石部長に追い払われる様に出て行った

「怖かねー謙也」

千歳先輩が場を和ますようにそう言って肩をすくめた

「言うとくが千歳、お前もやかんな」

忍足先輩がニタニタとした顔で言うと千歳先輩がクスリと笑った

「ご心配せんでも別嬪さんな彼女は間に合っとるけんね」

千歳先輩はそう言いながらグィっと白石部長の肩を掴んで引き寄せた

「は?ぅ…へ?」

ボンっと音がしそうなくらい勢いよく白石部長の顔が真っ赤に染まる

「よかったなぁ白石」

忍足先輩がクスクス笑うもんだからうちまで白石部長がかわいくて吹き出してしまった
きっとあんな白石部長はなかなか見られないだろう


「……ん」

「あー熱かるかもしれへんなこりゃ」

忍足先輩がうちの前髪を掻き揚げて額に触れながらそう言った

「とりあえず着替えもあるし保健室いこか」

いつの間にか復活した白石部長にみな頷いてうちも移動するんに立ち上がろうとした

「ひゃあぁ!!」

「しっかり捕まっとき」

途端、浮遊感

「お、謙也ったら男前たいね」

うちは忍足先輩に姫抱きにされていた

「彼女にこれ位してやれへんくてどないすんねん」

彼女、そう言われて心臓が大きくハネた
そうや、うちは忍足先輩の彼女なんや
そう思ったらなんかようわからん多分喜びかなにかが胸ん中渦巻いてきた
なんだか急に恥ずかしくなって忍足先輩の胸に顔を預ける

「忍足先輩」

「ん?どないした??」

忍足先輩の心臓の音が聞こえて、それがうちのと同じくらい早鐘を打っていて嬉しくて、安心した

「ずっと、うちの事守ってくれはります?」

「あ…当たり前やん!!」

ちょっとだけ忍足先輩の顔をみたらほんのり赤くて、それでいて太陽みたいな笑顔やった

「好きです、忍足先輩」

なんでだろう、気持ちがわかっているからだろうか
いままで喉元にもきてくれなかった言葉がスルリと溢れてきた

「俺かて、めっちゃ好きやっちゅーねん」

そう言って、ほんの少し触れるだけのキスをされた
はじめてのキスはレモン味とか言うけどそんなんよくわからなくて
ただ、忍足先輩の熱い唇の温度と共鳴するみたいにドキドキしてるうちらの心音は、きっと一生忘れない
そう思った










(財前光の初恋)