「あ、来た来た」


朝起きて、牛乳を飲む
それからジャージに着替えていつものスニーカーを穿く
柳さんに口を酸っぱく言われているので準備体操はしっかりと
玄関前で十回足踏みしたら走り出す
一年の時から続けている朝のランニング
前は近所の河原沿いを走って橋を渡って引き返すというのがルートだったが二年になって変わった

河原の手間で右折して鳥居をくぐり
少し山を入ったとこにある石段をゆっくりと駆け上がる
すれば鳥居と本殿の屋根が見えてくる

「幸村ぶっ」

そこにいた影を呼ぼうとしたら温かいなにかに口を塞がれた

「今は部長じゃないよ」

「………幸村先輩」

ふふっと笑った幸村先輩ははい、と手にしていた肉まんを渡してくれた
さっき口を塞いだのはこいつだったのか
荒れた息を整え持参していた水を飲んでから肉まんにかじりついた
幸村先輩が食べるとコンビニの肉まんですらかわいらしく見えるのだからズルいと思う

「なんで幸村先輩がここに?」

訪ねれば幸村先輩はマイペースにモグモグと口の中の肉まんを噛んで、飲み込んで、持っていたミネラルウォーターを飲んで口を開いた

「蓮二に聞いたんだ」

蓮二という呼び方にツキンと胸が痛んだ
柳さんと幸村先輩はただの幼なじみだとは知っているけれど
自分よりずっと近い所にいるんだと見せつけられた気がした

「倒れてから毎日この神社でお祈りしてくれてた事」

あ、と開いた口が塞がらなかった
あの日から毎日ただただこの人の回復を待った日々が走馬灯の様に駆け抜けた
毎日、毎日、引き裂かれる様に胸が痛かった

「そんなの当たり前じゃないですか」

だってこの人はかけがえのない
憧れで、目標で、仲間で、先輩で、大切な人なのだから

「ありがとう」

きゅ、と先輩に抱きしめられた

「それは…何に対してですか?」

「えっとね、全部」

言われる覚えのない言葉に思わず小首を傾げた

「毎日お祈りしてくれた事、お見舞いにきてくれた事、戦ってくれた事、テニス部に入ってくれた事、後輩になってくれた事、慕ってくれた事、出会ってくれた事」

思いつく限りであろう言葉を並べてから先輩はそっと体を離した

「後を継いでくれたこと」

にっこり、と微笑まれて思わず涙が溢れた

「当たり前じゃないですか」

汗を拭くために首にかけていたタオルで慌てて拭った

「幸村先輩は、私の、憧れで、目標で、仲間で、先輩で、大切な人なんですから毎日お祈りする事も、お見舞いに行く事も、戦う事も、テニス部に入った事も、後輩になった事も、慕った事も、出会った事も全部全部当たり前なんです!」

自分が大分むちゃくちゃな事を言った事はわかっていた
それでも伝えたかった
心の中で思うだけじゃだめなんだ
ちゃんと言葉にしなくっちゃ

「それに、他の誰にも幸村先輩の後は譲らないっス」

ぐしゃぐしゃの顔で笑えば今度は幸村先輩が泣き出した

「だから、お礼なんて言わないで下さい」

そっと幸村先輩の涙をタオルで拭ったら幸村先輩はいつものキラキラした表情で笑ってくれた
お礼を言いたいのはこっちの方だった
けれどあぁ言った手前何も言わなかった
ただもう一度笑った

冷たい風が吹いていた
夏は終わった
最高の夏だった