そろそろ洗濯物を取り込まなければ、そう思って手塚は読んでいた本に栞を挟んだ
敬愛する作家の新作は深く複雑な内容なのだが読みやすくスルスルと目が進んでゆく
気がつけば昼食を食べた後に読みだしたのに関わらず内容は中盤に差し掛かっていた
山場に入ってしまうまえにやってしまおう
やはり一番勢いのあるシーンは一気に読んでしまいたい
座っていたソファから立ち上がるとすぐそばの窓へ寄った
1DKのアパートだ
数歩進めればすぐに目的地へたどり着く
カチリと鍵を外し窓を開いた

「…ん!?」

途端、吹き込んできた強風
窓の外にその様な気配はなかったはずなのだが
カーテンがはためき手塚は腕で顔を覆った
自身の腕とカーテンに遮られた視界の向こう
近づいてきた「何か」
それは何かわからないままに近づき、

「かくまって!!」

「…!?」

美しい碧色の瞳
それを認識したと同時にそれは激突した
そのまま床に尻餅をつく
恐る恐る自分にのし掛かってきたものを見る
すれば視界に入ったのは軽やかな天色の髪を持った頭

「大丈夫か?」

「え…あ、うん」

声をかければ返ってきたのは美しいテノール
撃ったのか頭を抑えながらあげた顔は小さく肩で揃えられた髪が尚更それを誇張している
小さく淡い桃色の唇にスッと通った鼻筋と透けるように白い肌
そしてやはり美しい碧色の瞳

「君、名前は?」

じっと見ているとその瞳がこちらを向きバチリと視線が絡む

「…手塚、手塚国光だ」

「国光…そっか、手塚国光か…」

小さな唇がなぞる様に確認する様に繰り返す

「ねぇ、僕をここにかくまってくれない?」

するとそう言って笑いながら首を傾げた

「匿うといっても…」

「ここに寝泊まりさせてくれればいいんだ、迷惑は掛けないようにするし何かあったらすぐに出ていくから」

何からとか、何故とか、そう言う質問をする前に遮られた手塚は口を噤んだ
そしてその瞳はみるからに切羽詰まっており危うく泣きそうにも見えてしまった

「……別に構わないが」

「本当に!?ありがとう!!」

思わずそう応えればパアァと笑顔になった
先ほどまでの表情でも美しかったが笑うと可愛さも加わり殊更だった

「お前…名は?」

問いかけると碧色の瞳は戸惑うようにさ迷った

「周助…」

「……周助」

周助はゆっくりとようやく手塚の上から動いた
白いシャツに白いパンツ
肌の白さも相まって真っ白な装いである
手塚はずっと思っていた言葉を口にした

「お前は何者なんだ?」

アパートの、それも三階の窓から飛び込んできて、匿ってくれとせがんだ見知らぬ美人

「俺は、天使だよ」

バサリ、と音がして彼の背中から真っ白な美しく大きな翼が現れた
ハラハラと舞い落ちる羽
開け放たれた窓から吹き込んだ風に読んでいた小説がパラパラと捲れたが手塚の頭からは小説の中の「周助」の推理など頭から消し飛んでいた




こうして素性不明の天使と手塚の生活は始まったのだった