「柳……?」

名前を呼ばれて柳は膝の上から視線を上げた

「やっぱり柳だ」

彼を呼んだ女性はふんわりと微笑んだ

「幸村…」

風に靡くゆるくウェーブした髪を撫でつけて幸村はベンチに腰をおろしている柳の横に当たり前の様に腰をおろした

「久しぶりだね」

「そうだな…高校の卒業以来か」

2人は高校の同級生だった
もう五年も昔の話だ
そう思うと時の流れは早いな、と思う

「懐かしいなぁ」

柳に話かけたのか、独り言なのか幸村は呟いた
見れば青いペンキの剥げかけたベンチを撫でている

「そうだ、な」

柳もまた呟いた

「いつもここにいたんだよね」

「そうだな」

「始まりもここだった」

「終わりも、な」

2人は視線を絡めずゆるりと笑った
2人は恋人同士であった
どちらから告白したのかもあやふやな程に互いの隣に互いはピッタリと当てはまった
いつだってここで待ち合わせをして
喧嘩をして探しにくればここにいて
そしてどちらとなく別れを切り出したのもここであった
二人の形は少しずつ砂の様に崩れてかわっていった
それは端から見れば些細な違いだったのかもしれない
しかしそれは2人を分かつのには充分だったのだ

「お前、明日は来るのか?」

ふと、柳は思い出した様に膝の上の葉書を示した
それは明日のクラス会の案内だった
柳はこれをみて久々にこの場所へきたのだ
それを見た幸村はふるふると首を横に振った

「私、明日からドイツに行くから」

そう呟いた幸村の視線の先をたどり柳はようやく気が付いた
彼女の薬指に鎮座するシンプルなシルバーリングに

「そう、か」

「うん」

幸村はゆっくりと立ち上がった
それからクルリとこちらを振り返る

「柳に会えてよかったよ」

彼女がこちらに背を向けて歩き出す

『蓮二と出逢えてよかった』

いつかの彼女の台詞が頭をよぎった
柳は勢い良くベンチから立ち上がった

「幸村…!!」

驚いて目を見開いた幸村がこちらを向いた

「俺はお前の事、思ってた以上に好きだったぞ」

幸村はフワリと微笑んだ

「私もだよ」

それから幸村は一度も振り返らなかった



もしあの時、君に好きだとしっかりと伝えることが出来たなら何か変わっただろうか






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