「終わった、ねんな」

ゆっくりと指先で黒板の下をなぞる
すると溜まっていた粉が指についたので親指と人差し指をすり合わせてそれを落とした
黒板はカラフルな落書きで埋められておりそこには忌まわしき公式や漢文などの面影はなかった
まだ冷たい風が吹く窓の外にはこの部屋のかつての住人達が身を寄せあい泣き、笑い、互いを慰め祝っている
そんな彼らを窓の内側から見守るソイツを一瞥して黒板消しを手に取った
廊下側の右上、そこから力をいれてゆっくりと下降させれば白い文字もピンクの花も黄色いキラキラも青い涙も吸い込んで深緑に帰還する

「あーあ、制服が真っ白たいね」

それまで窓の外をみていたのにこちらの行動に気づくと机と椅子の間を縫ってゆっくりと近付いてきた
黒板消しを持っていない右腕の袖を掴み軽くパタパタとはじけば細やかな粉が宙に舞った

「別にええよ、もう着ることもあらへんし」

俺が進学する高校は紺のブレザーだ
だから余程の事(例えば入学前に身内が喪にふせるとか)がない限りこの黒い詰め襟に袖を通すことは、ない

「そっか、そうやったとね」

そう言いながらもパタパタと袖を叩くのを止めはしなかったが俺は咎める気はなかった
きっと、コイツと俺が触れ合うのも今日が最後だから、せめてもの餞別だ
もとより偶然だったのだ
偶然、交わる筈のない俺とコイツが出会って縺れ込む様にまぐわっていったのだ

「千歳」

俺は俺の袖を叩く無骨で浅黒い指をみながら名前を呼んだ
右手は黒板消しを持ったままだ

「ん?」

千歳は手を止めて此方をみたけれど俺は顔をあげなかった

「俺、千歳に会えて良かったって思っとる」

「俺も、白石に会えて良かったとよ」

カタリと黒板消しが床に落ちる音がした
俺はただひたすらに背中に感じるぬくもりにありがとうと呟きながらさよならを込めて広い背中に腕を回した
きっとこれから先で俺と千歳の道が交わる事はないだろう
根拠のない確信を抱きながら一粒だけ流した涙は彼の匂いのする黒に吸い込まれた





さようなら
きっと俺はお前を
お前とした恋を
忘れない
ありがとう
愛してくれて

音にならない餞をそっとその涙に込めた







卒業おめでとうございます◎