「あめりはあるめりであんめりなんだよ」

蓮二は一瞬小首をかしげてからすぐさま合点がついたらしく口を開いた

「古典文法の話か」

古典における「あめり」とは「あるめり」の変形である「あんめり」の撥音便「ん」を省略した形である

「それが、どうかしたのか?」

柳はパタンと開いていたノートを閉じた
幸村は部誌を書いていたシャープペンシルをその上に放り投げた

「確かに存在しているのに見えないなんて、今も昔もありふれているんだなって」

そう言って白い指先でカーボンで書かれた文字をなぞればかすれて跡を引いた
指先が黒くなっているのが見える
不恰好に尾を引いた文字を見ながらなんだが無償に寂しくなった

「見えない方が好都合なのに、見えればいいのにっておもっちゃうんだ」

欠席者の欄に書かれた名前を愛おしそうにまたなぞりだす
いま目の前にいる自分よりも自ら書いた名前を見ているのが、寂しいのだ

「見えなくとも、言えばいいだろう。そうすれば伝わるからこそ見えないのではないのか」

俯いた額を持ち上げてこちらを向かせれば目尻が少し赤かった

「それが出来ないから、困ってるんだ」

ばつが悪そうに視線を逸らされ、そういえば自分もそうだった事を思い出す
世の中、見えない方がいいことのが多い
例えば、もし彼の望む通り心が見えてしまったら俺はきっと、ここにいない

「世の中難しいな」

「全くだ」



とりとめのないかたおもい