8.
「エレンくん、まだ起きてる?」
ひょこり。巨人化を恐れて夜は地下牢へで眠ることになっている(幽閉、と言ってもいいかもしれない)俺。日替わりの係りの人(今日はペトラさんだった)が鍵を閉めに来たはずなのにギイ、と軋んだような音が鳴り扉が開く。
「…名前さん…」
よかった、起きてて。にっこりと笑った彼女は背中に隠してきた包みを広げた。 ふんわり、とした甘い匂い。夕食はいつもの事ながら質素なパンとスープで俺はその匂いにお腹が鳴るのを感じた。
「小麦粉とか砂糖とかあんまなかったから分量はちゃめちゃなんだけどね。」
へへ、と頬を人差し指で恥ずかしげに掻く彼女は少し頬を赤らめていてすごく可愛らしい。年は名前さんの方がもちろん上だが幼く見られやすい彼女。しかし俺は知っている、彼女が巨人と戦う時の冷たい瞳。すべての感情を捨て去って巨人と対面する様子。 そんな普段とは全く違う名前さん、その様子に俺は高揚したのだ。
「おっ美味しいですこれ!!!すっげえ甘ぇ!」
ぱくぱく、と茶色いこんがりと焼けたそれを口にいれる俺ににこにこと笑う名前さん。
「今日、実験頑張ったって聞いたからご褒美ね。」 ハンジになんか変なことされてない?辛くない? 持ってきたマグを啜りながら俺を見る名前さんに胸がぐ、と熱くなる。
「お、おれっ…辛くなんてないです、これは人類の反撃の糧となるはずだしそれにっ…名前さ、みなさん!優しくしてくれますから…!」
慌てて言い直したその言葉に名前さんが特に気に留める様子もないことに安心する。 名前さんは目を伏せて俺の手を握った。寝る前だったが前に手を洗ったのはいつだったが手汗はかいていないだろうか。なんだかひやり、としてそんなことを考える自分にもどきどきする。 「私は、あなたの味方だから…安心して、ってのはちょっと違うかもだけど」
ね、エレンくん。にこり、そう笑う彼女に俺は何度も小さく頷いた。 名前さんがやってきてこんな風に言ってもらえて、俺はまた明日からも頑張ろう、と頬が緩むのを感じた。
そんな穏やかな時間の中、また扉が軋んだような音が鳴り開く。 名前さんはバッ、と扉と菓子の間に入りそれを隠すようにした。
「おや、何か悪いことしているのかい?」
「え、エルヴィンか…」
名前さんはほっとしたように体勢を戻した。彼女がここで菓子を広げていたのがばれたら虫やらなんやらといい鋭い目をするあの小さな男(といったらまた蹴られるのだろうか)を思い浮かんだのだと気付き俺はおかしくなった。
「少し分けてもらえると嬉しいな、エレン」
「え、エルヴィ…貴方のは部屋に置いてある、から」
名前さんは即座に埃を叩いて立ち上がりエルヴィン団長を追い返すかのように先導して部屋を出ていく。
「エレンくん、じゃあまた明日ね、おやすみ!」
もう少しだけ話していたかったがもういい時間だろう。おやすみなさい、と返事してくしゃくしゃにしてた毛布を畳む。
「っ…」
閉まりかけたドアからギラギラとした青い目が覗いている。その目が合った瞬間俺の身は凍ったように固まった。
「………ん、夢か…」
起きた途端目に入るのは茶色い団服ではなくて壁にかかったブレザー。 けたたましく鳴るアラームを止めるととんとん、と階段をあがる足音が聞こえてくる。
「起きて、エレン、遅刻する」
「あぁ…ちょっと待ってろよミカサ…」
もう一度会えた彼女、名前さんは何も覚えていない。それなら俺が幸せにしたい。 決意した右手を握りしめ俺は学校へ行く準備を始めた。
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