7.

まだまだ全然暑い。けど問答無用に学校は始まるしダサい夏服が着たくなくて併用期間に入った途端冬服を着る。それでもまだ気温は35°以上あるし。つまり暑い。ひたすら暑い。

「あっつい」

鞄に入れるのが夏の習慣になってる団扇でぱたぱたと仰ぐ。前髪の内側の薄い毛がおでこに張り付いてうざったい。白シャツをまくりあげグレーのカーディガンを腰に巻く。毎日制服、制服、と友達は言うが私は嫌いじゃない。まず第一に選ばなくていいし。

「ねえ、そういや知ってる?名前」
「何が」「一年生にねー留学してた子が入ってきたらしいよ」

へえ、と返事をして自販で買ったいちごミルクをずずず、と吸い込んだ。いちごミルクって着色料に虫だかが入ってるとか聞いて気持ち悪いとか思ったけどなんだかんだ甘いから止められない。留学してた、っていうことは日本人じゃない。と思いエルヴィンさんを思い出す。エルヴィンさんと飲んだカフェオレは苦くても美味しく飲めるのにな、とか考えてなんだか恥ずかしくなる。

「あれー帰るの?名前」「うん、ばいばい」

どうせ置き勉してるし教科書なんて何も入ってない鞄を持って手を振る。空になった紙パックは教室のごみ箱に捨てるのではなく昇降口のデポジット機械に持ってくのを忘れずに。
かつん、かつん、と上履きが階段の金具に当たって一段降りるごとに鳴る。もうほぼ人がいなくなった校舎では音が響いて気味悪い。どうせ人もいないし、ぼーっと歩いてると踊り場で人とぶつかりそうになった。わっ、と出したはずの声は出なかった。
ぶつかりそうになった彼は私の肩をがっと引き寄せて体勢を立て直してくれる。
緑色の上履き。一年生か。短めの爽やかな茶色の髪に金の眼。

「名前、さん…」「へ」

こんな人、知り合いにいたっけ。怪訝な顔した私に彼は髪をくしゃくしゃとさせて言った。

「俺、エレンです。ドイツから帰ってきて今日転入してきたんです!」

エレン、くん。そう私は復唱した。全く覚えていないのだけど母親同士に面識があったらしい。改めてよろしく、とあいさつして私たちは別れた。




やっと終わった。今日ははやく家に帰りコンビニでなにか買ってしまおう。
名前はいるだろうか。
就業時間が終わって皆が帰りの準備を始める中ドアが逆に開いた。
誰だ、と思うと制服を着た見慣れた顔の少年。

「エレンか、昨日留学から帰って来たんだってな」

リヴァイが皆の不思議に思っていた気持ちを代弁する。ペトラなんかは跳ねるようにエレンに寄っていって弟のように可愛がっていた。

「エルヴィン団長、…あ、いやエルヴィンさん」
「なんだいエレン」

皆に話しかけられるのをうまくかわしエレンは部屋の奥の私の机までやってきた。
名前と同じ制服を着ているのを見るとなんだかくすぐったい。

「俺、名前さんのことここでは幸せにしますから。」

前、あなたが幸せにできなかった分も俺がしますから。
真剣な顔でそう言ったあと、人当たりのよい笑顔でじゃあ、と挨拶する。
私はなにも言うことが出来なかった。巨人がいなくなって、彼女だけを見ていられると思っていたのはどうも私だけではなかったらしい。